『藤原猛爾弁護士への疑問』にお答えください!続き3

平成25年8月19日回答

不覚にも、藤原弁護士への質問書を私の以前の引越し前の住所で出していたので、そちらへ回答をお寄せいただいていました。

それにも拘らず、2通目、3通目の葉書で回答のない事を非難してしまいました。私のミスによるものでその点は深くお詫び申し上げます。


しかしながら、改めて送って頂いた回答書を見て不信感はさらに増しました。ここにさらなる疑問を呈します。

1.の回答について

①「ご指摘のような電話が私宛にあったことは記憶していますが、何時、誰から、どのような内容であったか記憶しておりません。吉川さんの指摘されているとおりの内容であったかも記憶しておりません。

②「吉川さんの事件受任前であれば、受任するかどうかは私が決める事であり、そのことについて弁護士会、弁護士会の関係弁護士、その他の弁護士から指示・命令を受けたことはありません。また、受任後であれば、吉川さんの事件処理において、弁護士会や他の弁護士からの指示や命令を受けたことはありません。


電話があったことは記憶しているが、その内容については一切記憶に無い」とのことですが、記憶に無いのに弁護士会や他の弁護士からの指示や命令を受けたことはない、とどうしてはっきりいえるのですか。「吉川さんの指摘されている内容であったかも記憶にない」とおっしゃっていますが、私は、ホームページを見てもらったら判るとおり、どの記事にも日付を克明に記載して経緯を記述しています。何故か、ずっと日記をつけているからです。だからそちらが記憶に無くてもこちらははっきりと記録しているのです。「記憶にございません」と、どこかのたちの悪い政治家のあいまいな弁解と同じようにしか思えません。

「私から弁護士会や他の弁護士に対して、吉川さんの事件を受任したことを言ったこともありません。」としているが、私の記録では、藤原弁護士が受任当初、「吉川の弁護にかかわっていたらえらい目に会うぞ」とある弁護士から警告されたと、私に漏らしていましたが、受任したことを誰かに言わなければそんな電話はかかってこないだろう。

2.の回答について

1)「この事件では、預金の払戻しされたのは、1回だけでなく数回ありました。そうすると、この払戻しについての金庫側の故意・過失は、個々の払戻しの毎に、その時点で金庫側・特に払戻事務担当職員に故意・過失があったことを立証しなければなりません。敗訴予測を吉川さんに言ったとすれば、その当時までの経験から、立証できたと評価できなかったからです。」「吉川さんの署名、印影については、偽造と評価されるべきものがあったと記憶しており、・・・


数回あったからすべてを立証しなければならないのでしょうか。いろいろな事件を見ても、重ねて犯罪を犯したものでも全部じゃなく、確証の取れた立件できるものから起訴をする手法を執るのは一般的ではないのか。署名、印影については、偽造と評価されるべきものもあったのなら、その件を重点的に追及すれば事態も変わっていたのかも知れません。単なる弁解にしか聞こえません。


2)「谷支店長の暴力団発言があった時期は何時でしたか。また、どこであった発言ですか。現在、記憶がはっきりしませんが、谷発言は、吉川さんの預金の払戻しが違法ではないかと問題となり、これをめぐる吉川さんと金庫側の交渉段階でなされた発言であったと記憶しています。


記憶がハッキリしないのか、記憶しているのかどちらですか。これによると『時期』は払戻しが違法ではないかと問題となった時期で、金庫側の交渉段階でなされたということは、『場所』は金庫になるのではないのですか。記憶の『ある・なし』を使い分けているようにしか見えません。


問題の個々の払戻請求時の金庫の故意・過失の立証にとっては関連性がない事になります。谷の証拠請求、尋問をしなかったのは上記理由がであったと記憶しています。


それでは何故準備書面でその件について記載をしたのですか?、永和の違法性を追求するための最も重要なものだったと考え、私は谷支店長の「暴力団との関わり」発言を問いただすよう求めていたが、それに関する尋問をしなかったことについて何故その時に説明しなかったのですか?金庫の故意・過失の立証にとって直接関連性が無くても、谷支店長を尋問する事によって、暴力団の名を出し、資料開示を求める顧客を脅すという金庫の違法体質を裁判所に印象付ける事が出来たのではないか。


なお、谷発言があって、それが吉川さんの名誉毀損などに該当する場合は、別途名誉毀損を理由とする慰謝料請求をすることが考えられますが、預金の違法払い戻しとは別の事です。」


何故名誉毀損なのですか。この発言で誰の名誉を毀損したのすか?これは脅迫行為です。違法払い戻しの件に関連する資料開示拒否のための脅迫行為です。名誉毀損とは、法律に疎い一般人の私を誤魔化すための詭弁ではないのか。


3)「私はご指摘のような発言をした事はありません。私にも『ビッグサービス』の意味がわかりません。しかし、裁判は裁判として、その結果にかかわらず事業をしている吉川さんが、ビジネスとして金庫に預金し、それを担保に金庫から融資を受け、事業を拡大するチャンス、『ビジネスチャンス』があると吉川さんに言ったことは記憶しております。」


『ビジネスチャンス』は記憶しているが、『ビッグサービス』は記憶に無い。私の記録には『ビッグサービス』はあるが、『ビジネスチャンス』は無い。どちらが確かなのかは第三者から見れば明らかだ。記憶と記録の違いだ。『ビッグサービス』は金庫との何らかの意思疎通があって金庫側がするサービスであって、『ビジネスチャンス』は一般的に手順を踏めば誰でもそういうチャンスがあるということで、その意味は大違いである。

私は藤原弁護士の助言どおり、私の名義より息子の名義のほうがよいだろうということで息子名義で預金をしたが、融資は断られた。私は藤原弁護士の『ビッグサービス』の言葉で再審を諦めていただけに無念の思いが募った。

裁判で争っている相手に預金をしてまで融資を受けることを誰が考えますか。それなら他の金融機関に預金をします。また、金庫側もそういう相手にすんなり融資をしますか。『ビッグサービス』を信用したからこそ藤原弁護士の助言に従ったのです。


4)「法廷弁論のあと、吉田弁護士から和解する気があるがと聞かれた事がありましたが、吉川さんの主張をすべて認めるのであればともかく、その様な和解は期待できないから金庫の和解申出は断る事になったと記憶しています。」


私は前任の谷口弁護士のときの『預金債権請求事件』で裁判所の和解勧告に永和側が拒否した事に不審を抱いていたので、今までの非を認める条件なしでは和解は出来ないと言いました。25回目の裁判で和解勧告を受けたが、永和が拒否したあとの裁判では谷口弁護士は辞任していた。永和が谷口と裏取引していたからこそ裁判に勝てるとし、和解勧告を拒否したのである。

裁判所が和解勧告をするということは、永和にも非があると認めたからで、前記のとおり、吉田朝彦弁護士が私に対して「金庫にも色々と問題があると思う。貴方(吉川)が和解する気持ちがあるのなら考えるので、連絡してくれ」と和解提案した事でもそれが伺える。ということは、追及次第では裁判で永和に勝てたかも知れないと思う。

3.村上・谷口弁護士、杉山らの関与の件

「村上・谷口弁護士、杉山が金庫と裏取引をしたということについて、何か具体的に指摘できる事実があったのでしょうか。(推測)という程度以上の事実は解明できなかったと記憶しています。

吉川さんの払戻請求書の筆跡が、吉川さん及びその家族の筆跡ではなく、村上や杉山の筆跡が証明できれば訴訟は勝てた可能性がありました。しかし、筆跡については、秘蹟鑑定人の意見を聞きましたが否定的であったと記憶しています。

その他、吉川さんの事件に関連して、特に、預金払戻しが違法であることを立証するうえで必要な村上、杉山の具体的行為は特定できなかったと記憶しています。ただし、準備書面では、杉山扱いの手形・小切手が吉川扱い手形口座に紛れ込んでいるなど確認出来た事実については、著しく不自然である等と主張したと記憶しています。」


筆跡については明らかに村上のものと思われるものを除外して、藤原弁護士の関係の筆跡鑑定人に提出していた。そして、金庫は改竄した資料を裁判所に提出していた。

杉山については、金伊三雄への現金回収について金伊三雄の証言を得れば違法行為は特定できた。

藤原先生は「村上博志が永和と交渉して裏取引をした」「杉山の紹介で永和と取引をしたのは吉川の落ち度だった」と明確にコメントしたが、永和の違法性を認識していたから出た言葉で、そこを追求するのが弁護士の仕事ではなかったのか。


「なお、吉川さんが5~6年前に私の事務所に来られたとき、私と久保井弁護士との関係を聞かれ、私が久保井弁護士を知り合いである事が、「藤原と金庫との裏取引があること」を疑わせる事情の一つであるとの趣旨の発言をされた事があったと記憶しています。

しかし、私は、久保井弁護士が金庫の顧問弁護士であることは、上記5~6年前に吉川さんから聞くまで知りませんでした。」


私がホームページを開設して1年、つまり9年前、平成16年1月16日にに藤原弁護士の事務所へ行ったとき、藤原弁護士から久保井の話が出ました。その時まで久保井と藤原弁護士の関係など知る由もありませんでした。同じ会派であること、同じビルにいた事など詳しく説明してくれました。記憶にございませんか?私は記録しております。


疑問や質問事項があれば書面でご連絡下さいとのことですので、ご回答をよろしくお願いいたします。

■回答書に対する再質問の補足■

質問①についての最終行

相手方である永和信用金庫の代理人弁護士と、法廷外で交渉したり、連絡を取り合ったりしたこと等一切ありません。

質問②の4)

吉田弁護士(中村弁護士も)と、法廷外で話し合ったり、連絡を取り合ったことはありません。(中略)

ただし、地裁であったか、高裁であったか、法廷弁論が終わったあと、廊下で吉田弁護士から和解する気があるかと聞かれた事がありましたが、・・・


私の記録では

平成3年9月4日

打合せで藤原弁護士事務所へ行くと、藤原先生が「金庫側の弁護士から示談の話があるが、どの様にするか。」と問われました。

私が「永和信用金庫の不法行為に関わった人達から全部私に頭を下げて謝罪したら示談してもよい。」と返事すると、藤原先生が「それは無理」との事で、示談の話は無かったことになる。

平成4年6月23日

控訴の結審日の弁論が終わったあと、法廷の外で藤原弁護士と同道の時に吉田弁護士が私に対して「金庫にも色々と問題があると思う。貴方が和解する気持ちがあるのなら考えるので、連絡してくれ。」と告げた事がありました。


私の記録では、法廷弁論が終わったあと吉田弁護士からの和解の話は平成4年6月23日で、藤原弁護士の、質問②の4)と一致しますが、それより9ヶ月前の平成3年9月4日に、藤原先生の口から示談の話がありました。これでも相手方弁護士と、法廷外で交渉したり、連絡を取り合ったりしたこと等一切なかったいえるのでしょうか。

本当に忘れてしまったのか、都合の悪い事はごまかそうとしているのか、どちらですか。

2.2)谷支店長の「暴力団発言」と敗訴について

藤原先生は、普通に考えて、信用金庫の支店長が、顧客が台帳の開示を求めた時に暴力団の名前を出し、開示を拒んだ行為に違法性は無いとお考えですか。他のまともな弁護士は違法行為だといっていますが。

金庫はこのあと改竄した資料を私に提出し、裁判所にも提出しました。永和は「暴力団発言」の違法性を裁判で追及されると負けるので、同じ弁護士の会派の吉田弁護士と藤原先生が打ち合わせをして、準備書面には書いていたが、裁判では取り上げなかったことは、裏取引をしたからだ。


いくつかの預金払戻請求書の吉川さんの署名、印影については、偽造と評価されるべきものがあったと記憶しており・・・」と回答書に書いてあったが、全くそのとおりで、永和は改竄した資料を裁判所に提出していたのである。

それでは何故負けたのか。①弁護士としての力量が無かった。②相手方と裏取引をしていたので。③裁判所が強いものの味方をしたから。④その他の理由。  負けた理由はどれですか。


平成4年9月21日控訴審の判決前日、●判決は敗訴する。●判決で敗訴してもビッグサービスがある。●政治家を知らんのか、政治家を知っていたら裁判はどの様にでもなっていた。●金庫と吉川をはかりにかけたら、裁判官は金庫の味方をする。と、藤原先生は私に言いました。

しかし、どんな裁判官でも金庫の違法性が明確になれば罰するしかないだろう。そもそも、前任の谷口弁護士は、谷支店長への証人尋問拒否が辞任の理由だ。「暴力団発言」が明確になれば永和が負けるので、永和と裏取引をした谷口がそれを拒否したのである。後任の藤原先生にも「暴力団発言」の追及をお願いしたが回避された。

「暴力団発言」と「署名、印影については、偽造と評価されるべきものがあった」で徹底的に追及すれば、永和の違法性が明確になり裁判に勝てたと確信しているが、負けたのは谷口同様、永和と裏取引をしたからだ、といってよい。

3.村上・谷口弁護士、杉山等の関与の件

村上・谷口弁護士・杉山が金庫と裏取引をしたことについて、何か具体的に指摘できる事実があったのでしょうか。

藤原弁護士が尋問した昭和63年1月19日の証人尋問で杉山は「手形を持たずに金伊三雄の自宅へ行ったが、お金は貰っていない。」と証言、昭和63年3月29日の証人尋問では金伊三雄は「杉山が手形を持参して取立てに来たので月賦で払った。」と証言しました。金伊三雄には裁判で嘘をつく理由はないので、杉山が金庫職員と結託し、必要書類を偽造して手形を持って金伊三雄のところへ行って手形相当額を着服したのは明らかで、偽証したことになる。


平成5年10月7日藤原先生の事務所に行ったときには「村上は一人で勝手に永和と交渉して、金を貰って裏取引した。だから村上を通じて谷口弁護士に事件を依頼したのは吉川の落ち度であった。」「吉川が杉山の紹介で永和信用金庫と取引をしたのは、吉川の落ち度であった。」と明言したのは、村上・谷口・杉山・永和の違法性を認識してのものだったのではなかったのか。

また、私は平成11年8月19日に谷口弁護士への質問書(甲第9号証)と回答書(甲第10号証)を藤原先生に見せ、説明を求めたところ「不起訴理由は、手形金相当額を杉山が受領しているのに、その手形の割引債務は吉川の債務として帳簿上記載され、その後、この手形が不渡りになった時に、吉川が買戻しさせられたことになっている。杉山を詐欺横領罪で告訴すべきであった、金庫職員5名を相手に業務横領の詐欺告訴ではなく私文書偽造、同行使で告訴すべきであった、不起訴になったが永和信用金庫に損害賠償の責任は有る」と筆談していたが、杉山が関与していたのを明確に認識していたではないか。


準備書面では、杉山扱いの手形・小切手が吉川扱い手形口座に紛れ込んでいるなど確認出来た事実にについては、著しく不自然であると主張したと記憶しています。

著しく不自然なものだったら「主張」するだけでなく徹底的に「追及」するべきだったのではないか。「蟻の一穴」という言葉があるが、僅かなほころびが大きくなる事もある。『勝つ』という強い意志があったのか、勝っては具合が悪いという『事情』があったのか、大いに疑問の残るところである。