追及の手は緩めない

数々の客観的証拠があるにも拘わらず、永和信用金庫と杉山常好はこれまでの私の訴えや質問に一切答えようとせず、無視を決め込んでいる。しかし、この事件により半生を台無しにされた私は絶対に許すことができません。

また、永和信用金庫は最近でも顧客に不誠実な対応を押し通して、不平不満が噴出している。不手際を顧客に追及されると逆に顧客を訴えると脅すやり方は、私がホームページを立ち上げて間もないころに7人の弁護士連名で「訴える」と警告書を送ってきたのと同じやり方だ。素人相手に法律の専門家が警告書を送ればホームページを閉鎖するとでも思ったのだろうが、嘘偽りのない私のホームページが違法でないことは私自身確信をしておりましたので、脅しに屈することなく今日まで参りました。実際、違法でない証拠にその後一切何も言ってきません。その代わりに無視という行動をとっているものと思います。

隠蔽体質の永和信用金庫からこれ以上の被害者を出さないためにも、小林泰理事長をはじめ清水一男常務理事などが金庫の体質を悔い改めるまで、私は最後まで追及するつもりです。

また、ホームページを閉鎖しないと「名誉毀損」・「信用毀損」で告訴すると「警告書」なる「脅迫状」を送ってきた久保井総合法律事務所の元日弁連会長の久保井一匡弁護士をはじめ7名の弁護士も許すことはできない。社会正義を実現することが使命の弁護士が一般市民を脅すということは、弁護士としてあるまじき行為である。

これからも毎月、私文書偽造の永和信用金庫と詐欺横領の杉山常好そして久保井総合弁護士事務所に抗議のハガキを送ることにしました。悪徳金融機関に苦しめられている人は他にもたくさんいると思います。私の闘いかたが良いか悪いかは別にして、何もしないよりは何か行動することがひとつの参考になればと思い、ここにその経緯を掲載したいと思います。

平成29年6月12日送付

はがき

平成29年6月12日送付

はがき

平成29年5月22日送付

はがき

平成29年5月22日送付

はがき

平成29年4月24日送付

はがき

平成29年4月3日送付

はがき

平成29年3月20日送付

はがき

平成29年2月20日送付

はがき

平成29年2月20日送付

はがき

平成29年1月23日送付

はがき

平成28年12月23日送付

はがき

平成28年12月6日送付

はがき

平成28年11月14日送付

はがき

平成28年5月26日送付

はがき

平成27年7月11日送付

世にはびこる悪徳永和信用金庫と悪徳弁護士久保井・藤原

最近弁護士の不正事件が多発している。成年後見人の悪用被害が昨年56億円に達している。すべてを弁護士が関与しているわけではないが、弁護士の不正は年々増加の一途をたどっている。他にも委託された企業から裁判費用を判決文まで偽造して、2億5千万円着服した例もある。こうした弁護士のレベル低下は「弁護士大増員策」が一因といわれている。その「弁護士大増員策」を日弁連会長時代に推し進めたのが久保井で、その策により生まれ、国からの補助金を貰っている法科大学院で甘い汁を吸っているのが藤原だ。

控訴審の結審の日、永和の代理人、吉田朝彦弁護士が私に対して「金庫にも色々と問題があると思う。貴方(吉川)が和解する気持ちがあるのなら考えるので、連絡してくれ」と告げたことがありました。控訴審の前の裁判で、永和は裁判所の和解提案を拒否していた。

それは当時の私の代理人、谷口弁護士とその手先として動いていた村上との裏取引があって、裁判に勝つ見込みがあったからこそ和解拒否をした。控訴審の当初にも吉田弁護士から藤原に和解提案が持ちかけられたが、「金庫の不正に関わった職員が全部、私に謝罪すれば示談に応じる」と言えば藤原はその場で「それは無理」と言ったので和解の話は無くなったと思っていたが、再度吉田弁護士からの提案があった。

しかし、私は永和が裁判所の和解案をけったことで不信感を持っていたので和解に応じませんでしたが、裁判所も、吉田弁護士も永和に不手際を認めたからこそ和解案を提示したのです。つまり、攻め所があったのにそれをしなかった永和とグルの藤原の不作為で控訴審も負けた。

私をこんなにも不幸のどん底に陥れた永和と藤原、それに私を脅迫した久保井よ、これが虚偽というなら訴えて来い!

平成27年7月11日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成27年4月6日送付

     告     

中小企業泣かせの永和信用金庫巽支店を舞台に極悪非道な役者達一同『金庫代理人、支店長谷肇、支店長代理檜垣安紀、貸付担当勝原史郎、貸付担当立岩正男、普通預金係末益達行、関連する金庫職員、本店考査部五十棲義明、本店管理部森田実、本店常務理事田中美稲』、そして、私を永和信用金庫に紹介した知人『杉山常好』、私の以来弁護人『谷口光雄弁護士』、私と谷口を結びつけた知人『村上博志』等が結託して組織で上手な芝居を演じて私に1054万円の損害を被らせました。

金庫職員と杉山常好が共謀した一連の金員着服の不法行為の事実を隠し通す為に上手な芝居も、嘘八百並べ立てた嘘は必ず、ばれるのです。役者達一同の背信行為は『嘘を嘘で塗り固めているから上手な芝居も時が経つに連れ、ほころびが大きくなるのです。』

その証拠に、ホームページを立ち上げインターネットで永和信用金庫の悪事を訴え続けて12年余りになるが、立ち上げて2ヶ月目に久保井一匡元日弁連会長を筆頭に7名の弁護士連名の『警告書』を送りつけてきた。内容はホームページを閉鎖しないと『名誉毀損』で法的手続きをとるというものだ。最近被害が拡大している特殊詐欺も「法的手続きをとる」という脅し文句で被害者を不安に陥れている。

私は嘘、偽りのない事実のみを掲載していると確信しているので、その求めに応じなかった。案の定、『警告書』は単なる脅しで、法的手続きはとられずその後12年間、インターネット上で『悪徳永和信用金庫』の悪事が拡散しても、ただ手をこまねいているだけだ。法律に疎い一般人が、7名の弁護士から『警告書』が送りつけられたら動揺するだろうという、特殊詐欺犯と同じレベルの悪質、姑息な手段である。


余談だが、この久保井元日弁連会長は会長時代に、司法改革の一環として弁護士の大増員策を推し進めてきた。司法制度改革審議会においての意見陳述で、経営者代表の委員の懸念に対し、「増員の器に見合った仕事は必ずある」といってその意見を退けた。そして、今日の弁護士による不正事件の増大、また増員のための法科大学院増設の破綻を招いている。弁護士が増え過ぎ仕事が減り、弁護士全体の平均年収が減っているのが主な原因だと言われている。弁護士の中でも格差が広がり、久保井のようなずる賢い弁護士は儲かるが、不器用な弁護士は生活に困ってつい不正をする。久保井は「増員策」の失敗について言及していない。つまり、言いっぱなしの無責任弁護士である。私の場合も「法的手続きをとる」と言うだけで、12年もほったらかしの無責任さである。

弁護士も弁護士なら、こんな弁護士に頼むほうも頼むほうだ。『悪質弁護士』に『悪徳信用金庫』、まさに類は類を呼ぶ、である。


悪質弁護士がもう一人。谷口弁護士が辞任した後に依頼した藤原猛爾弁護士だ。受任当初は谷口が残した準備書面を見て、「これはひどい」「勝てるかもしれない」といっていた。また、谷口の受任時に検察庁から「杉山常好を詐欺横領、永和信用金庫を私文書偽造で訴えなおすよう」指導されていたことを報告していたが、裁判が進むにつれ、自身が作成した準備書面どおりの追求をせず、結果敗訴となった。何故か判決が5度も延期され、長引く間に永和に取り込まれたものと思われる。谷口、村上との裏取引、久保井弁護士事務所の脅迫的『警告書』、さらには後任の藤原弁護士との裏取引など、元支店長代理檜垣安紀が「何億出しても揉み消す」と言っていたとおりになった。


この悪役役者達の為に私は、意地と執念で40年間も闘い続けていますが一個人の私は、組織相手に悪戦苦闘しています。

傲慢な永和信用金庫は、いつまで私の件から逃げるのですか?谷口弁護士と村上博志は私に和解金を支払いました。公の金融期間である永和信用金庫は、部下が詐欺横領、私文書偽造、同行使の不法行為を働いたにもかかわらず、面目を保つために、謝罪して反省することは出来ないのですか?旧い事件だから無視しているのですか?永和信用金庫に少しでも良心があるのなら自らの非を認め、私に謝罪して反省してください。

謝罪して反省しない限り、私の闘いに終わりはありません。

裁判は役者達一同の裏切り行為で敗訴しましたが、私はこれからも事実をインターネットに掲載していきます。

当時の支店長谷肇、支店長代理檜垣安紀、貸付担当勝原史郎、貸付担当立岩正男、普通預金係末益達行、関連する金庫職員、本店考査部五十棲義明、本店管理部森田実、本店常務理事田中美稲、杉山常好、谷口光雄弁護士、村上博志、久保井一匡弁護士以下その他大勢のその弁護士事務所のくず弁護士、そして藤原猛爾弁護士たちよ、私が虚偽な事を掲載しているのなら名誉毀損罪、信用毀損罪で法的手続をとって下さい。

平成27年4月6日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成26年11月1日送付

悪徳弁護士と悪徳信用金庫が手を組めば怖いもの無し!!

私の依頼した弁護士、谷口光雄は、谷口を紹介した私の友人村上博志とともに永和信用金庫と裏取引をして、検察庁の指導にもかかわらず、訴因変更をせずに裁判を進めて裁判を不利に導いた。裏取引の動かぬ証拠は私に和解金をそれぞれ300万円づつ支払ったことである。谷口と村上はその数倍もの金を永和から貰っていたからこそ300万円もの大金を簡単に支払ったのである。谷口が裁判を途中で投げ出したので後任に藤原猛爾弁護士を選任したのだが、これもまた、悪徳永和信用金庫の悪魔の誘いに乗ってしまった。受任当初、私の資料を見て「勝てる」と言っていたが裁判が進むにつれ、証人要請などで私の要望どおりにせず、結果は敗訴になってしまった。藤原は「村上博志は一人で勝手に永和と交渉し、金を貰って裏取引きした。だから村上を通じ谷口弁護士に事件を依頼したのは吉川の落ち度」「吉川が杉山常好の紹介で永和と取引したのは、吉川の落ち度」と言って、永和の違法性を認識していながら何故村上や杉山、永和の職員を尋問して追及をしなかったのか。裁判で立岩が「吉川に渡した」と証言していたが、金庫で10数名集まった時には「吉川やその家族には渡していない、誰に渡したかは言えない」と明言していたので明らかな偽証であった。その時の立会人をすべて証人として呼んでいれば永和の不正行為が立証され、谷支店長の「暴力団発言」とともに追及すれば、永和の違法性が浮かび上がったはずだったが、それをしなかった。ある時藤原は「裁判所は永和信用金庫と吉川さんをどちらをとるかと言えば、永和のほうをとる」といっていた。社会的信用度のことを言っていたと思うが、追求をしっかりしていれば逆転していた。

私を不幸のどん底に陥れた永和と藤原を絶対許さない!!

平成26年11月1日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成26年12月25日送付

悪徳永和信用金庫の助っ人藤原猛爾弁護士


悪徳永和信用金庫と、悪質藤原猛爾弁護士の裏取引を証明する決定的な証拠がある。それは谷口弁護士時代の甲第113号証(担保差入証)について、後任の藤原弁護士が検証した際のメモに『吉川真二、吉川アキ子の筆跡が違うこと、住所が違うこと』が記されていた。さらにその担保差入証自体も不要であることも記されていた。また私自身そのような担保を差し入れるような用件はなかった。


その偽の担保差入証には私の筆跡でない署名と連帯保証人として妻の筆跡でない署名があり、妻の住所が住所変更前の古いものが記入され、更に私の印鑑が押されていた。普通連帯保証人は本人の印鑑を押印するものだが、誰が見てもおかしいと思うこんな杜撰な書類を認識していながら、この証拠一つだけでも徹底追及すれば永和の不正を暴くことが出来たのに、藤原は裁判が長引くにつれ永和からの悪の誘惑に乗り、裏取引をし、私の裁判を敗訴に導いた。


その後、永和の代理人として私を脅してきた大物弁護士、元日弁連会長の久保井一匡が藤原の先輩ということで糸が繋がった。


平成26年12月25日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成26年3月1日送付

悪徳・永和信用金庫 裏取引 藤原猛爾弁護士

 控訴判決理由

一、担当者の不法行為は無い。

二、永和信用金庫に、手形の取立てを依頼して手形の割引や貸付を受けているので損害は無い。

三、普通預金の払い戻しが違法なら、払い戻しは無効だから吉川さんの払い戻し請求権は存続  しているので損害は無い。

判決文は上記までだが、相談した弁護士が判読すれば「裏の意味として、杉山常好が不法行為をしていたので杉山に対し、損害賠償請求をすべきであった。」ということでした。裏取引をしていた谷口弁護士が筋違いの訴訟をし、永和信用金庫を私文書偽造、詐欺横領で杉山を訴えようとした時は、すでに時効だった。

藤原弁護士は永和信用金庫と裏取引きをしていて控訴棄却になっていたので、私が上告手続を依頼しても「自分としては上告しても無駄だと思うので、上告するのなら代理人を辞任する」と言って辞任した。私は仕方なく個人で上告しましたが、谷口弁護士同様藤原弁護士にも裏切られたのが悔しくてたまりません

平成26年3月1日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成26年4月10日送付

悪徳永和信金と裏取引、藤原弁護士の裏切り

前任の谷口弁護士は検察庁の指示通りの訴訟をせず、筋違いの訴因で敗訴に導いた。後任の藤原弁護士は、準備書面の作成段階では重要なポイントになる谷支店長の『暴力団発言』を書いていながら、なぜか裁判ではそのことについて触れなかった。また、村上博志を証人尋問するよう再三求めたがそれをする事もなかった。これを追求すると絶対勝てると確信していたが、永和と裏取引をした藤原弁護士はこれを回避した。

私の事件を受任した理由について、別の裁判で「資料等と照らし合わせて、かなり真実性があるということで、主張、立証いかんによっては、勝訴見込みがあるということもあった。」と証言していたが、受任当初の意気込みから変心して私の要望通りにこを運ばなかった。この事から判断しても、藤原弁護士が永和信用金庫と裏取引をして私を裏切った事が明らかである。信頼のおける友人の紹介で藤原弁護士に依頼し、着手金はもちろんのこと、藤原弁護士の私的な活動への多額の寄付金まで支払って期待を寄せたが、前任の谷口弁護士に続き悪徳・藤原猛爾弁護士にも裏切られたのが悔しくてたまりませんし、絶対許せません。

平成26年4月10日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成26年1月13日送付

金庫職員の私文書偽造、杉山常好の詐欺横領

『悪徳永和信用金庫』と裏取引をした谷口弁護士は担当検事の指導を無視して、杜撰な告訴状を故意に手直しせずに放置したので不起訴になった。


後任の藤原猛爾弁護士は「不起訴理由は、手形金相当額を杉山が受領しているのに、その手形の割引債務は吉川の債務として帳簿上記載され、その後、この手形が不渡りになった時に、吉川が買戻しさせられたことになっている。杉山を詐欺横領罪で告訴すべきであった、金庫職員5名を相手に業務横領の詐欺告訴ではなく私文書偽造、同行使で告訴すべきであった、不起訴になったが永和信用金庫に損害賠償の責任は有る」と明言し、また、受任当初には永和の問題点を指摘し、闘い方によっては勝てると言っていたのに裁判では準備書面どおりの質問をせず、私が望んだ証人尋問もせず負けることになった。


このことからも藤原も、永和と裏取引した事が伺える。どこまでも汚い永和信用金庫を私は許す事が出来ない!!

平成26年1月13日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成26年2月10日送付

悪徳永和信用金庫 裏取引 藤原猛爾弁護士

藤原弁護士は『谷支店長の暴力団発言』を何故追及しなかったのか、出来なかったのか。

谷支店長が暴力団の名前を出して資料(取引元帳)の提出を拒否した件の違法性

①金庫としては顧客(会員)である私の取引元帳の提出を求められたら、正当な理由のない限り提出し、説明をしなければならない義務がある(信用金庫法)。提出を拒んだことはこれに違反している――信用金庫法違反

暴力団の名前を出して提出拒否したことは、脅迫に当たる。脅迫により、正当な私の請求を拒否したものである(金庫は正当な理由なく拒否したことになる)――脅迫罪

以上、2点の明白な違法行為があったにも拘らず、谷口弁護士は金庫と裏取引があって、明白な違法行為のあった谷支店長の証人尋問を行わず、そのことで弁護を辞任した。その後任として依頼した藤原弁護士もこの件には裁判では触れなかった。よって、私の裁判は不利に導かれたものと確信している。

特に藤原弁護士には、谷口弁護士がやらなかったので、再三この件について尋問するよう要求、準備書面ではこの件について触れていたにも拘らず、民事裁判では何故か谷支店長にこの件について尋問を行わなかった。つまり、谷口同様、金庫と何らかの裏取引があって尋問が出来なかったのだ

平成26年2月10日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成25年8月12日送付

飛田の入口に鎮座する山王支店、今も出会い系の口座に・・・

『諏訪組(ヤクザ)をバックに西成区の売春婦を相手に頼母子講で金を集め,その金を貸して金が膨らみ,それで浪速区に本店を置き今の永和信用金庫が発足した』と、当時の永和信用金庫巽支店の谷支店長が言っていたが、40年経った今も発足の地、山王支店はいかがわしい悪質出会い系サイトの振込口座になってる。他にも恐喝・振り込め詐欺業者の振込口座になったり、永和信用金庫今里支店も振込先になったりしている。『類は類を呼ぶ』とはよく言ったもので、悪徳金融機関に悪徳商法が結びつくのはうなづける。

また、インターネットで『ブラック企業の一覧』に関西企業の中に永和信用金庫の名を連ねていた。“永和信用金庫では文化的、社会的貢献にも力を入れて取り組み、人間を中心とした経済、文化、環境、福祉がバランス良く保たれた地域社会の実現をめざしています。”とホームページで奇麗事を並べているが、裏ではわれわれ一般市民には知りえないブラックな体質が蔓延しているのだろう。

臭い物に蓋をする小林理事長、企業倫理が問われますぞ!


参照:

http://www.yotsubanokai.com/

http://ja.yourpedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%
83%A9%E3%83%83%E3%82%AF%E4%BC%81%E6%
A5%AD%E3%81%AE%E4%B8%80%E8%A6%A7

http://www.deaikensaku.net/cgi/q2.cgi?&=&id=2284&FF=50


平成25年8月12日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成25年10月20日送付

悪徳永和信用金庫は藤原弁護士とも裏取引をしていた!!

藤原猛爾弁護士は「不起訴理由は、手形相当金を杉山が受領し、その手形の割引債務は吉川の債務として帳簿上記載され、その後、この手形が不渡りになった時に、吉川が買い戻しさせられた事になっている。杉山を詐欺横領罪で告訴、金庫職員を相手に私文書偽造、同行使で告訴すべきだった。不起訴になったが永和信用金庫には損害賠償の責任はある。」と認識していたにも拘らず、裁判ではその事には触れなかった。金伊三雄振出人手形の割引金出金伝票の件で勝原史郎が「吉川から頼まれて代筆した」と偽証をしたことも追及しなかった。

永和の違法性を立証できる谷支店長の暴力団発言も追及しなかった。永和に不利になる事をすべて回避した事は藤原弁護士が、永和と裏取引をし、依頼人を裏切る行為を証明するもので、永和は、当時の副支店長・檜垣が「何億を使ってでも永和の面子は保ってみせる」といっていた通り、次々と私の依頼弁護人を金で買ってきたのだ。藤原弁護士は、金庫側代理人吉田朝彦弁護人とは、弁護士会の派閥「春秋会」の先輩・後輩の間柄で、その古株が久保井一匡弁護士で、縦の線でつながっていた事でも裏取引の土壌があった。

業務副部長・金澤繁彦は裁判の証言で「谷口弁護士と村上博志が和解金を支払ったことは普通では理解できない」「杜撰な事務処理は、ルール違反ですね。それを違法とおっしゃるならば、今から言うたらルール違反ですね、完全に。」といっていたが、裁判で勝ったからといってすべてが免罪符になるわけではなく、永和には社会的・道義的責任があり、それを償わない限り、永遠に消しさることは出来ないのである。

平成25年10月20日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成25年1月13日送付

絶対負けないぞ神経戦!VS杉山・永和信用金庫!

ホームページを立ち上げ、悪党杉山常好と悪徳永和信用金庫の悪行をインターネットで訴え始めて、今年の2月で丸10年になる。その間、妨害行為や7人の弁護士連名の脅迫行為などいろいろあったが、「警告書」という名の「脅迫状」を送ってきてからは一切無視を決め込んでいる。こちらからは、毎月抗議文を送ったり、人権侵害申立てをしたりしてきたが、まるで、見ざる・言わざる・聞かざるの如く永和信用金庫と久保井元日弁連会長は逃げ回っている。


恐らく、私が高齢なので、いつかは諦めるだろう、または、そのうちに亡くなるだろうとみて何も手を打たないでいるのだろう。そこは司法制度改革審議会で先の見通しを甘く見て、今日の弁護士界の混乱を招いた無責任・久保井顧問の読みの甘さだ。


私がインターネットで訴えてきた事が正しいからこそ、法律の専門家が7人も集まって手をこまねいているのだろう。私の主張が正しい以上、私は絶対諦めることはないし、もし私に何かがあっても、子や孫が引き継いでくれる手立ては出来ている。10年目を迎えた今年、心新たに闘志を燃やし、杉山、久保井共々永和の徹底追及と、この根競べとも言うべき神経戦には絶対負けない決意でいる。


平成25年1月13日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成25年7月10日送付

『藤原猛爾弁護士への疑問』永和との裏取引!

先月、長年疑問に思っていた事に対する答を求めたく、藤原猛爾弁護士へ書面を送った。

藤原弁護士は、①「吉川さんのよく知っている弁護士から電話があって、吉川の弁護にかかわっていたらえらい目に会うぞ」といっていたが1週間後「懲戒委員会の弁護士から電話があって、吉川の弁護をするなら、気をつけてするようにとのことであった。」・・・ 懲戒委員会の弁護士が吉川の弁護を引き受けた事をどこで知ったのか?吉川の知っている弁護士とは誰なのか?②判決前に●敗訴する●敗訴してもビッグサービスがある と仰ってたが・・・ 何故敗訴するとわかっていたのか?またビッグサービスとは何だったのか?事前に相手方弁護士吉田と打ち合わせをしていたからではなかったのか?敗訴は重要な谷支店長の『暴力団発言』に対して証人尋問を回避したからではなかったのか?何故回避したのか?③「村上博志は一人で勝手に永和と交渉し、金を貰って裏取引きした。だから村上を通じ谷口弁護士に事件を依頼したのは吉川の落ち度」「吉川が杉山常好の紹介で永和と取引したのは、吉川の落ち度」と言っていたが、村上・谷口と永和、杉山と永和の裏取引を意味し、永和の違法性を認識していながら何故それ以上の追及をしなかったのか?・・・ この点について質問したが、いまだ回答が無い。そりゃ弁解できないだろう。

檜垣支店長代理が私に「何億を使ってでも永和の面子は保ってみせる」といっていたが、永和信用金庫側が私の依頼弁護人に金を積んで、谷口弁護士に続き藤原弁護士も抱き込んで裁判を有利に導いたものと思われる。

平成25年7月10日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成24年11月15日送付

厚顔無恥、悪党杉山常好と悪徳永和信用金庫!

杉山の悪の口車に乗った開店間もない永和巽支店・谷支店長以下職員は、数々の不適切な事務処理で杉山に加担したが、私の追及に、金庫を上げてありとあらゆる隠蔽工作をし、また、私の依頼弁護士と私の知人、村上まで抱きこんで裁判を有利に導き、最高裁の最終判断で永和の正当性が認められたとして私のインターネットでの主張を、明らかに刑法上の名誉毀損、信用毀損に該当するのでホームページを閉鎖しろと7名の弁護士連名の「警告書」を送ってきた。「警告書」では、要求に応じなければ告訴手続きを含むしかるべき法的手続きをとると明記していたにも拘らず、その後9年6ヶ月も放置してきたのは、あらゆる客観的資料を基にした私の主張が正しいからで、誹謗でも中傷でもない事の証明である。

しかしながら「信用」を第一に重んじるべき信用金庫がインターネット上で毎月増え続ける不名誉な記事を放置し続けることは経営者としていかがなものか。永和のホームページに掲載している「顧客保護等管理方針」や「反社会的勢力に対する基本方針」の信頼性を損ねるもので、危機管理を放棄したとしか思えない。理事長の「地域に必要とされる金庫」の実現に努めるという言葉も虚しく聞こえ恥さらしで、真面目に働く職員にとっても誇りをもてないだろう。


平成24年11月15日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成24年12月17日送付

逃げ果せると思うな悪党杉山と悪徳永和信金!

私の手形相当金等を詐取した悪党杉山常好は栃木に逃げ、それに加担した悪徳永和信用金庫は金庫ぐるみで隠蔽をし、私の追及にも逃げの一手である。

永和には毎月追及の書面を送り続け、また、本店にも行ったが全く取り合わず問題の解決を図ろうとしない。私があきらめるのを待つしか手が無いのである。

「信用金庫は社会的責任と公共的使命を果たすため、確固たる倫理観と誠実さ、そして何よりも各種法令や社会的規範、規則、規定などのルールを厳格に順守する姿勢と行動が求められています。」とホームページで謳っているが、7人の弁護士連名の「警告書」という名の「脅迫状」を送りつける姿勢には「倫理観」に疑問符がつくし、仮にも元顧客の疑問にまともに応えとしない姿勢には「誠実さ」はうかがえない。いくらホームページで奇麗事を並べても、インターネット上には永和の批判記事が氾濫している。これらが一部の者の記事であってもそれを放置するということは、その内容を認めているようなものだ。何故ならその批判記事を書いている人間を特定できているにも拘らず、何も手を打っていないからである。いや、打てないのだろう。トップが信用金庫の命である「信用」を守れない永和には、これからも不正が起きるだろう。それ故、永和を逃す事はない。

平成24年12月17日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成24年9月10日送付

杉山常好と永和信用金庫の悪行を許せない!!

いくら考えても絶対許せない。考えれば考えるほどその思いは強まるばかりだ。

私の知らない間に杉山が金庫職員に指示し、数々の不適切な事務処理させたが、これにより私は多大な被害を蒙った。永和は私の依頼弁護人である谷口弁護士や谷口を紹介した村上と裏取引をし、証拠書類の改竄など裁判では私が負けるように仕組んだ。他にも、杉山が私を当時開店直後の永和の巽支店に紹介し、巽支店ではそれなりの顔であったにも拘らず、裁判では巽支店の職員らは、皆一様に杉山を知らないと偽証した。谷口の辞任後、後任に依頼した藤原弁護士は、準備書面で、―谷支店長は暴力団のバックがあるかの如き、威圧を加える発言をし、檜垣は、「何億円の金を使っても金庫の面子を保ってみせる」等と発言をするなどの応対がなされた―等と書かれていたにも拘らず裁判では一切触れずじまいだった。後で分かった事だが藤原は久保井元日弁連会長の後輩で、永和との裏取引を疑わざるを得ない。久保井は自分の事務所の弁護士7名連名で、法律に素人の私を「警告書」という名で脅迫した。

檜垣の言葉にあったように、永和は私の周りの人間に金をつぎ込み、元日弁連会長という弁護士まで使って被害者を追い込むというやり方には、決して許すことはできない。

平成24年9月10日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成24年10月10日送付

何故放置、悪党杉山常好と悪徳永和信用金庫!

平成18年6月から数えて6年と4ヶ月。私は毎月欠かさず杉山と永和信用金庫に追及の文書を送り、その内容をホームページに掲載してきた。YahooやGoogleで「永和信用金庫」で検索すると私のホームページや2Chの永和への批判記事が数多く表示される。身に覚えのない事なら、永和にすれば「名誉毀損」「信用毀損」に該当する。「信用」が絶対条件の金融機関にとって由々しき事態である。一度は元日弁連会長の久保井総合弁護士事務所の7名連名の「警告書」を送ってきて、「法的措置」をとると圧力をかけてきたが、それは単なる脅しに過ぎず、その後は一切音沙汰なしである。私の主張が正しいので放置するしかないのだろう。

杉山も同様、インターネット上での不名誉を晴らすなら私を訴えてきてもよさそうなものだが、昨年4月頃から葉書が届かなくなった。得意のとんずらだろうか。 

永和は数々の不適切な事務処理で杉山に加担し、檜垣の弁に有るように「何億円の金を使っても金庫の面子を保ってみせる」と谷口弁護士や村上を抱き込み、改竄した証拠書類などとあわせ、裁判で私をことごとく不利に導き、法的に解決したとうそぶき、最近では久保井元日弁連会長まで担ぎ出し、弁護士7名を使って私を脅迫した。法的に解決したものなら私を訴えるべきなのだが、何故放置する!

平成24年10月10日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成24年7月16日送付

悪党杉山常好と悪徳永和信用金庫絶対許さない!

今までに長年にわたって幾度と無く訴え続けてきたが、改めて許さない理由を書く。

私の知らない間に杉山が連帯保証人となっていたり、金銭消費貸借証書にも、同様に杉山が連帯保証人になっていた。また、金伊三雄振出の手形二通が、杉山に返還され、手形金については、杉山が金伊三雄から集金し、私に戻していない等、永和は数々の不適切な事務処理で杉山に加担したが、これは単なる事務処理、記帳の誤りというよりも、意図的な扱いをしなければ係る不自然な扱いは出来ない。

しかし、裁判では永和の職員らは、皆一様に杉山を知らないと偽証した。又、準備書面では、支店長は暴力団のバックがあるかの如き、威圧を加える発言をし、檜垣は、「何億円の金を使っても金庫の面子を保ってみせる」等と発言をするなどの応対がなされ… と書かれていたが裁判では一切触れずじまいだった、藤原弁護士。永和との裏取引を疑わざるを得ない。その前には谷口弁護士や村上を抱き込み、裁判で私をことごとく不利に導き、最近では久保井元日弁連会長まで担ぎ出し、弁護士7名を使って私を脅迫した。

檜垣の言葉の通り、私の周りの人間に金をつぎ込み、そして私を孤立にし、更に高名な弁護士まで使って追い込むというやり方には、決して屈しないし、許さない。

平成24年7月16日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成24年8月13日送付

放置するしかない悪徳永和信用金庫と無視しかない弁護士

杉山常好が私の金を騙し取るため開業間もない永和信用金庫巽支店を紹介し、金庫職員に書類を偽造させ金を詐欺横領した。金庫は客を紹介してくれ、しかも谷支店長への接待攻勢の杉山の思い通りに動いた。その後杉山は栃木へ逃げたが、損害賠償を求めて永和を訴えた。永和は事件を隠蔽するために、私の依頼弁護士谷口、村上と裏取引をし、その結果、法律に疎い一般人の私を裁判で負けるように仕組んだ。裁判は永和の思惑通りの結果になったが、納得のいかない私はインターネットで訴える事にした。

2ヵ月後、裁判ですべて決着していると、永和と久保井弁護士は私のインターネットでの訴えが「違法行為」だからすぐに閉鎖しろと「警告書」を送ってきた。その後8年以上も「警告書」にある法的手段をとらないで自らの言う「違法行為」を無視し続け、「正義」とは名ばかりの金儲け主義の元日弁連会長の弁護士と顧問に雇った永和信用金庫、インターネットで信用を損なう記事がどんどん掲載されているにも関わらず放置するしかなく、「信用回復」の手段をとらない永和信用金庫。「当金庫は、反社会的勢力による不当要求に対しては、民事と刑事の両面から法的対抗措置を講じる等、断固たる態度で対応します。」と自身のHPに掲載しているが、断固たる措置を取れないのは私の訴えが正しく、自らの非を認めているようなものだ。

平成24年8月13日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成24年5月10日送付

悪党杉山常好と悪徳永和信用金庫の共謀

昭和48年2月27日に杉山の紹介で取引をすることになったが、谷店長が「吉川さんと取引できたので信用金庫約定書を姓名だけで良いから書いて下さい。」と言うので姓名のみを書いた。後に私の知らないうちに杉山が連帯保証人になっていたが、杉山は谷と初めから共謀し、連帯保証人になり便宜を受けれるようにした。何故なら、私が金庫に持ち込んだ手形全部に対して金庫は帳簿(元帳、台帳)に保管していたので、檜垣の言明から判断しても、自由自在に手形を使用できるし、私の枠も流用できるからである。

約定書は3月7日付だが2月27日以降、杉山とは会っていないのに杉山の署名があり、私の別名も間違って記入されていたので、金庫と杉山が仕組んだのは明らかだった。

後に谷と喫茶店で雑談したとき、「吉川さん、一度雄琴に接待して」と言われて、「何でわしが接待せなあかんね」と答えると、「杉山さんには雄琴やゴルフ、飲みにも連れて行ってもらった」と答えていた。この時はまだ不正が発覚していなかったので不審に思わなかったが、図らずも杉山との癒着振りを示すものだった。私の入院中に、勝手に手形貸付、出金、依頼返却、現金買戻し、返戻しなどの処理が自由に共謀出来たのは癒着があったからだろう。

平成24年5月10日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成24年6月16日送付

悪党杉山常好と悪徳永和信用金庫の共謀の証明

藤原弁護士の作成した準備書面には、
①原告と被告の間の信用金庫取引約定書に、原告の依頼もないのに杉山が連帯保証人となっている事。②同様に、昭和49年10月16日付の原告と被告間の金銭消費貸借証書にも、原告が依頼もしていないのに杉山が連帯保証人になっている事。③金伊三雄振出の手形二通が、杉山に返還され、この二通の手形金については、杉山が金伊三雄から集金している事。④また、杉山が被告との取引に持ち込んだ手形が、原告に関係のない手形が原告のものと処理。

言うまでもなく、金融機関である被告の事務処理において、この様な事実は単なる事務処理、記帳の誤りという事は出来ない。何らかの意図的な扱いをしなければ係る不自然な扱いは出来るはずのない。その事があってか、証人として証言した被告職員らは、皆同様に意図的に杉山を知らないと証言している。又、金庫は暴力団のバックがあるかの如き、原告に対して威圧を加えるかの発言をし、檜垣は、「何億円の金を使っても金庫の面子を保ってみせる」等と発言をするなど、尋常でない応対がなされ… と書かれていたが裁判では一切触れずじまいだった。これを追及していれば勝てたのだが、藤原が準備書面作成時から裁判までの間に変節したのは何故か。永和との裏取引しかないだろう。

平成24年6月16日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成24年3月10日送付

悪党杉山常好と悪徳永和信用金庫の共通点

杉山は当初、私に対して説明すると言ってから、約束を守らずに栃木へ逃げ去った。その後も居場所を探し出し詰問したが、後で説明すると言ってことごとく反故にした。

当時の金庫本店の管理課森田実は「伝票をひっくり返して資料を作成し、調べてもらって一つでもおかしいところがあれば全責任を負う」と弁明していたが、いつの間にか退職していなくなっていた。

また、金澤繁彦永和信用金庫業務副部長は証人尋問で、「谷口弁護士と村上博志が和解金を支払ったことは普通では理解できない」、「はっきり言いまして、ルール違反ですね。それを違法とおっしゃるならば、今から言うたらルール違反ですね、完全に。」と証言していたが、永和信用金庫職員のルール違反=違法行為をしておきながら、未だに謝罪も、社会的道義的責任を果たさないのは、正義に著しく反する行為だ。

私の6年にも及ぶ追求の書状に対しても、「通告書」を送って本店を訪問した際も、まったく相手にせず、逃げの一手を押し通している。永和は杉山同様、都合が悪い事には逃げを決め込んでいる。ついでに言うなら、「警告書」を送ってきた顧問の久保井総合法律事務所も同じだ。問題解決放置は、「信用」を重んじる「信用金庫」には、ありえない事だ。

平成24年3月10日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成24年4月10日送付

消えた悪党杉山常好、のさばる悪徳永和信金

杉山常好の詐欺横領に加担した永和信金職員の不正を隠蔽するため、被害者を脅したり、被害者側の弁護士を抱き込んで事件の揉み消したり、大物弁護士を使って被害者を脅したり、未だに反省も無く、隠蔽体質の永和信用金庫では最近まで不法行為が散見していた。

毎月杉山と永和に追及のハガキを送っていたが、杉山には約1年ほど前からハガキが届かなくなっていた。どうなったのか判らないが、もうどうでもよい。しかし、謝罪も反省も無く未だにのさばる永和信用金庫は絶対許せない。

あるコンプライアンス研修会の主宰の言葉に「金融機関にかかる信頼はその機能と伝統の中にあり、信用が商品であります。何が起こるかわからない、不祥事も後を絶たない、今の一年は過去の十年に匹敵するほどの状況にあるといわれます。」とあったが、全くその通りで、被害者からの抗議には徹底して無視し、インターネット上の「信用毀損」に対し、何ら手を打たず放置する事は、商品である「信用」を自ら毀損していることであり、不祥事が後を絶たないのはその企業体質にあるのではないか。

私はそんな永和信用金庫を決して許さない。


平成24年4月10日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成24年1月10日送付

黙り込みを決め込む悪徳永和信用金庫と悪党杉山


「永和信用金庫」と検索するだけで、「悪徳永和信用金庫」の検索結果が数多く表示され、「永和信用金庫 不祥事件」のキーワードも表示され、さらに多くの永和の不祥事の記事を目にする事が出来る。ある人が、企業を誹謗するタイトルの検索結果の多い4件の中に永和信用金庫が入っていたので永和に電話したそうだ。「削除するのに2~3年かかる」との返事。ところが3年経ってまだ削除されていない。その後、問い合わせたら「手が出せない」。「法的措置を取ればいいのでは?」「検討している」。しかし「永和信用金庫を糾弾する!!」というページが「永和信用金庫」という無難なタイトルで表示されることになった。


Info Seekで無料のホームページを立ち上げた時は弁護士の圧力で閉鎖させる事が出来たが、有料のYahooでは相当の理由が無い限り閉鎖させる事が出来ない。つまり私のホームページの違法性を弁護士が証明できないと言う事に他ならない。せいぜい検索結果のタイトルを無難なものに変える事しか。


悪人杉山常好の詐欺横領に永和信用金庫の職員が加担したこの事件。誹謗された4件の内の1社は自身のホームページ上で経緯を説明し、正当性を訴え信用回復を図っていたが、それすらも出来ない永和はやはり「悪徳永和信用金庫」だ。


平成24年1月10日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成24年2月10日送付

永和信用金庫の私文書偽造、杉山常好詐欺横領

谷口弁護士に対しての私の質問書(平成7年7月20日付)の中で「特に裏付けの取れている金伊三雄振出人手形と古本治三振出人手形を証拠として告訴しなかったのですか」と質問しました。谷口弁護士は「金伊三雄、古本治三の手形は最初は告訴事実にしていたが、右手形金相当額は何れも杉山常好が受領していることになっており、金庫の犯罪とするには証拠が無いので担当検事の指示があって3回目の告訴状から省いた」と回答書で(平成8年8月19日付)で回答しています。しかし藤原猛爾弁護士に質問書(甲第9号証)と回答書(甲第10号証)を見せ説明を求めたところ藤原弁護士「不起訴理由は、手形金相当額を杉山が受領しているのに、その手形の割引債務は吉川の債務として帳簿上記載され、その後、この手形が不渡りになった時に、吉川が買戻しさせられたことになっている。杉山を詐欺横領罪で告訴すべきであった、金庫職員5名を相手に業務横領の詐欺告訴ではなく私文書偽造、同行使で告訴すべきであった、不起訴になったが永和信用金庫に損害賠償の責任は有る」と明言しました。

杉山常好は、金庫職員と結託して私の手形を勝手に割引実行して手形金相当額を受領しています。金庫職員5名を詐欺横領罪で告訴したのですが、回答書からしても担当検事が杉山常好の詐欺横領の事実を谷口光雄弁護士に指導しているにも拘らず、谷口弁護士は、金庫と結託しているので手抜きをして、杜撰な告訴状を故意に手直しせずに放置したので不起訴になりました。

金伊三雄振出人手形の割引金出金伝票の件で、藤原弁護士の証人尋問で勝原史郎は「吉川から頼まれて代筆しました」と証言していたが、裁判敗訴後勝原に「吉川真二」と文字を書かせた所、出金伝票の筆跡と全く違うので問い質すと、勝原は「自分の筆跡で無いし、自分が書いてない」と明言しましたので勝原も証人尋問で故意に偽証していた。

平成24年2月10日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成23年11月10日送付

大嘘つき杉山常好と永和信用金庫の弁護士

金伊三雄は証人尋問で「杉山が手形を持参して取立てに来たので月賦で支払った。」と証言した。杉山常好は昭和63年1月19日の証人尋問で「手形を持たずに金伊三雄の自宅へ取立てに行ったが、お金は貰って無い。」と偽証した。杉山常好が偽証していることは事実であるからして、谷支店長を始めとして、金庫職員は杉山常好と仕組んで私の印鑑を悪用、私文書偽造をし、必要書類を作成して、杉山が手形相当額を着服している事実が判明するのです。

吉田朝彦金庫側代理人は裁判での弁明で、近畿財務局の判断は、問題ではないので「門前払いだった」と述べていたが、その真偽を確かめるため再度近畿財務局にその真偽のほどを確かめるため、照会を求めた。

その回答では、「事情は聴取した」とあるので「門前払い」ではなかった。また、全く「指導注意がなかった」と述べていたが、「財務局としては取引上の争いにかかる個別事案については事実関係を認定する立場ではないので、個別案件についての指導はしていないが、当該金庫の事務処理については一般的な指導をした」とある。つまり、裁判所ではないのでどちらが正しいとか間違っているかの判断をする立場ではないが、事務処理については、その方法に疑いを持たれるようなことがあったので、そのようなことの内容指導した、ということだろう。回答で「指導の内容について申し上げられない」とあったが、一般的な指導といいながら伏せなければならない事案があったからだろう。一般的な指導なら伏せる必要は全く無いからだ。 そして、この回答が送られてきてすぐに谷口弁護士は私の弁護を辞任した。

金伊三雄の証言に耳を貸さない裁判、吉田の偽証を鵜呑みにする裁判、金庫の改竄書類を採用した裁判、私の依頼弁護士谷口と結託した裁判、素人の私に勝つ要素は全くなし。しかし、永和の社会的道義的責任は永遠に続く。

平成23年11月10日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成23年12月10日送付

汚名を晴らせない悪党杉山と悪徳信用金庫「永和」


「永和信用金庫を糾弾する!!」というホームページを立ち上げて約9年になるが、当初のインフォシークでのサイトの閉鎖や大物弁護士を使った「警告書」なる妨害行為などにもめげず、ここまで真実を訴え続け、また、2chなどの他のサイトにも投稿し続けてきた。その結果、Yahooで「永和信用金庫」と検索するだけで、「永和信用金庫 不祥事」の項目が表示され、数多くの永和の不祥事の記事を目にする事が出来るようになった。若い職員や求職活動の学生が見てどのように感じるのだろうか。また、経営者達はどのように説明するのだろうか。「コーポレートガバナンス」や「コンプライアンス」が重要視される昨今の企業経営に、永和はどのように対処するのか、企業価値が問われるところだ。


杉山常好の詐欺横領に永和信用金庫巽支店の職員が加担して端を発したこの事件。依頼弁護人の抱込みや改竄証拠書類提出など、不当な裁判で勝ったからといって、社会的、道義的責任は免れない。私のこの一貫した訴えは、裏を返せば永和信用金庫の「汚名」でもある。前述した通り、インターネットでは数多くの人がその「汚名」を目にする事になる。永和が無視を続ければ続けるほどより多くの人が目にする事になる。弁護士先生ともよく相談して「汚名」を晴らす時期では?


平成23年12月10日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成23年9月10日送付

悪党杉山常好は逃亡!永和信金と久保井弁護士は追求

悪党・詐欺横領をした杉山常好はついに逃亡した。杉山と共謀した残る悪徳・永和信用金庫とホームページ閉鎖で不当な圧力をかけてきた久保井総合法律事務所は、これからも、インターネットを通じて悪行を訴え続けつもりである。

永和は私文書偽造で杉山の詐欺横領に手を貸しながら、不振に気づいた私の資料提供の求めには改竄資料を出してきた。更に、私が裁判手続きを始めると、私の依頼弁護士谷口とその手先の村上を丸め込め、結託し、刑事告訴や民事裁判ででたらめな資料を作成し、私が不利になるよう仕組んだ。今でこそ司法改革が叫ばれ、徐々にではあるが弱者の側に立った裁判が行われるようになったが、当時は大きな組織に有利な判断が数多くなされていた。私の裁判でも私の主張は取り入れられず、永和側の改竄資料だけが取り入れられ、裁判の結果はことごとく私の意に反するものとなった。永和側はこれを楯に決着済みと主張するが、私の金員が無くなったことは事実であり、永和の道義的責任は永遠に免れるものではなく、私の中では決着済みとはならない。詳しい事情も知らず永和の主張を受け入れ、法律に無知な一市民を脅した久保井も同罪だ。それが間違いと言うなら訴えて来なさい!!!

平成23年9月10日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成23年10月10日送付

断罪!杉山常好と永和信用金庫の悪事

杉山の紹介で取引を始めた永和信用金庫が私の知らないうちに、杉山の指示で勝手に依頼返却された手形の件を始め、身内の預貯金まで不明にさせられた。現金は杉山が持ち逃げしたが、書類の改竄は永和の職員がした。

永和信金の悪質なのは、証拠書類を改竄し、私の依頼弁護人、谷口と村上が共謀して裁判で私が負けるよう結託したことだ。当時、開店間もない巽支店で不祥事が発覚すれば永和の信用が丸つぶれになるので、本店ぐるみで隠蔽工作をし、谷口を抱え込んだ。後に谷口が300万円もの和解金を私に支払ったことで結託が証明された。誰が考えても谷口が私に対して起こした裁判で、谷口が和解金を支払うことは谷口側に「非」があることを物語っている。金庫の隠蔽体質が、未だに散見される不祥事の原因にもなっていると言えるだろう。この問題を解決できない限り、永和から不祥事は永遠に無くならないだろう。

久保井総合法律事務所を使って脅しにかかったが、「正義」とは縁遠いインチキ弁護士の脅しには屈するつもりも無い。又、この戦いは私だけでは終わらない。子や孫にも引き継いでもらう手立ては出来た。

平成23年10月10日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成23年7月10日送付

隠蔽体質の永和信金よ、正々堂々と闘え!!

杉山常好と永和信用金庫職員が共謀して1050万もの金員を詐欺横領し、私に損害を与えたのは紛れも無い事実であり、私の依頼弁護人と結託して裁判でことごとく負けるように仕組んだことは、後に村上と谷口弁護士がそれぞれ300万円もの大金を私に和解金として支払ったことで証明された。

裁判で全てが決着しているので、私がホームページで訴えることは法的にも社会的道義的にも許されないことだとの見解のようだが、裁判で決着しても失われた金員に対する社会的道義的は永和信用金庫のほうに有る。そもそも弁護士の抱きこみや改竄証拠書類の提出など、インチキ裁判を企図した結果の判決にどれほどの正義があるのか。

久保井なる元日弁連会長の弁護士を使って7名連名の「警告書」を送ってきたが、8年が過ぎても警告どおりの法的措置を執らないのは私の主張が正しいことの証明で、自分達の行為が間違いだったことを認めているようなものだ。それに対しての反省も無く、現在の私の弁護士に違法行為をやめさせるよう下駄を投げ返したのは、久保井ともども卑怯にもほどがある行為だ。

私のホームページが違法と言うなら、正々堂々と闘うのが本筋ではないのか。大物弁護士を抱えていながら、それが出来ないでインターネット上で恥をさらし続けているのは勝ち目が無いからか。都合の悪いことは隠蔽したり、見てみぬ振りしたりする、そんな信用金庫は存在価値「0」だ。

平成23年7月10日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成23年8月10日送付

悪徳永和信金が谷口弁護士と結託した発端

不渡り手形の判決を求めるために友人に紹介された村上博志の紹介で谷口弁護士に仕事を依頼した。私は巽支店に資料を貰いに行ったが、身に覚えのない手形が3通出てきた。その後村上と安東と3人で再度永和を訪れ説明を求めたが、杉山の横領が発覚した。更に資料の提出を求めたが谷支店長は暴力団諏訪組の名前を出して脅し、提出を拒んだ。

谷口光雄弁護士は村上に私の知らないうちに金庫に行かせ、資料を調べ杉山の横領を確認しそして金庫の資料の不正を見抜き、谷支店長を脅した。谷支店長は当初、「村上に脅されている」と電話をしてきたが、発足間もない巽支店で不正が公になることを恐れた谷支店長は、村上と谷口と結託し、私の裁判を不利に導くため杜撰な裁判手続きをした。それは検察庁に告訴状のやり直しを指導されたことでも明白だ。また、私が後に谷口弁護士事務所で暴力事件を起こし訴えられたが、谷口弁護士と村上が私に300万円もの大金を和解金として支払ったことでも説明が付く。

このようにしてゆがめられた裁判で勝ったからといって、永和の社会的、道義的責任は免れるものではない。悪質弁護士、久保井ともどもこれからも追及していく。

平成23年8月10日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成23年5月10日送付送付

「信用」出来ない悪徳永和信用金庫と「正義」のない弁護士

杉山常好が私の金を騙し取るため永和を紹介し、金庫職員に書類を偽造させ金を詐欺横領して栃木へ逃げた。その後永和信用金庫は事件を隠蔽するために、私の依頼弁護士谷口、村上と裏取引をした。杉山を「詐欺横領」、永和を「私文書偽造」で最初から告発していれば事件はとっくに解決していたが、谷口と永和の裏取引の結果、法律に疎い一般人の私を全ての裁判で負けるように仕組んだ。藤原弁護士も「不起訴理由は手形金相当額を杉山が受領し、手形の割引債務は私の債務として帳簿上記載され、その後この手形が不渡りになった時に私が買戻ししたことになっている。杉山を詐欺横領で告訴すべきであった。永和には損害賠償の責任はある。」と言っていた。

これらの事実が前提であるのに、裁判ですべて決着していると、
永和と久保井弁護士は私のインターネットでの訴えが「違法行為」だと決め付け「警告書」なる「脅迫状」を送ってきた。その後8年以上も「警告書」にある法的手段をとらないでいる。「違法行為」をほったらかしにする「正義」を追求しない金儲け主義の元日弁連会長の弁護士を顧問に雇った永和信用金庫、インターネットで信用を損なう記事がどんどん掲載されているにもかかわらず、「信用回復」の手段をとらない永和信用金庫、危機管理の出来ない金庫は「信用」出来ない。

平成23年5月10日送付

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成23年6月10日送付

谷口弁護士、村上と悪徳・永和信金の裏取引の動かぬ証拠

悪人・杉山常好が私の金を騙し取るため永和と結託し、金庫職員に書類を偽造させ金員を横領して栃木へ逃亡した。私の入院中に谷口の指示で永和に行った村上は、書類の偽造を知り、事件屋だった村上は永和を脅しにかかった。開店間もない巽支店の支店長・谷は事件の発覚を恐れ、そこから、谷口を巻き込んだ裏取引が始まった。

そのことを知らない私は谷口の事務所で現金払戻請求書のコピーをチェックしたが、村上がチェックする為に書き込んだ筆跡と金庫側から裁判所に提出された(乙12号証)の手形貸付元帳が異なっていた。金庫側代理人弁護士吉田朝彦は、村上が書き込んだところは全て抹消し、改竄された書類を証拠として提出されていたのだ。詳しくは下記のホームページを見ればわかる。

http://www.geocities.jp/eiwa_s/otu12gousyou.htm

このことひとつをとっても永和と谷口らの裏取引は明らかで、谷口が私の裁判でことごとく負けるように仕組んだのは明白だ。こんな裁判で「結審済みの古い案件をインターネットで蒸し返すのは、名誉毀損、信用毀損にあたるのでホームページを閉鎖しないと告訴する」といってきた永和の顧問、久保井元日弁連会長がその後無視するのは何故か、私の主張が「名誉毀損、信用毀損」でないことを認めたからだろう。

平成23年6月10日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成23年3月5日送付

悪党杉山常好と永和信金と久保井弁護士の罪と罰

悪徳・永和信用金庫の私文書偽造と悪党・杉山常好の詐欺横領を共謀した犯罪について、私側の悪辣・谷口弁護士、悪人・村上博志と金庫職員が裏取引した一連の不祥事は、法的責任追及の道は閉ざされても、社会的責任、道義的責任の追求は可能であり、私のインターネットでの訴えに、事件に関わった者たちは誰一人として打つ手がない。そのことが、組織ぐるみで私の金員を横領し多大な損害を与えた何よりの証拠である。

久保井総合法律事務所は、永和信用金庫の代理人弁護士として相応の報酬を得ながら、「告訴する」と告げていながら私を「信用毀損」・「名誉毀損」で訴えることができないことも、私のインターネットでの主張が正しいことを暗に認めていることになる。元日弁連の会長という社会正義の実現にもっとも努めなければならない職席にあったものが、一般市民を脅すという行為は断じて許されない

これらの「罪」を犯したものに対して、私はこれからも、インターネットを通じて彼らの悪行を訴え続け、今後も「罰」を与えることを一生の仕事にするつもりである。

平成23年3月5日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成23年4月10日送付

悪党杉山常好、悪徳永和信金の明白な犯罪

杉山常好の紹介で永和信用金庫と取引をすることになり、昭和48年2月27日に杉山と一緒に金庫へ行き、計900万円を預金した。この時に谷支店長が「吉川さんと取引できたので信用金庫約定書(甲第134号証)を姓名だけで良いから書いて下さい」 と言うので姓名のみを書いたが、この時に金庫職員から連帯保証人を求められることはなかったし、杉山に連帯保証人になって貰うつもりもなかった。しかし杉山はわずか10日後、私の知らないうちに勝手に3月7日付で連帯保証人になっていた。この書類には日付や住所、私の別名も記載されているが、私は谷の指示通り、「吉川真二」しか署名していなかった。その他は私の筆跡ではないし、しかも別名が「文 京大」ではなく「文 京文」になっていた。自分の名前を書き間違えることは絶対にありえないので、悪意を持った金庫関係者が書いたのは明らかだ。杉山にも連帯保証人になってもらうつもりも無かったので、この書類を後に見たときは驚いたし、怒りがこみ上げた。他にも金庫の不審な書類は多々あるが、これひとつをとっても金庫職員と杉山が共謀したのは明らかだ。新店舗開業で新規の顧客を求めていた谷支店長と、手形の枠を拡大したい杉山との思惑が一致した結果の明白な犯罪である。

私はこの犯罪者たちを一生許すことは無い。

平成23年4月10日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成22年12月31日送付

悪党杉山常好+悪徳永和信金+悪質弁護士

杉山常好は最初から私の金を騙し取るため永和を紹介し、金庫職員と組んで詐欺横領し栃木へ逃げた。一方の永和信用金庫は事件を隠蔽するために私の依頼弁護士谷口と谷支店長を脅した村上と裏取引をし、私が裁判で負けるように仕組んだ。

永和信金を刑事告発した当初、不受理となったが、検察庁の訴因変更の指導に従わず谷口弁護士は「私文書偽造」ではなく「詐欺領」で永和を刑事告発をしたので不起訴処分になった。杉山を「詐欺横領」、永和を「私文書偽造」で最初から告発していれば事件はとっくに解決していたが、谷口は永和との裏取引の結果、改ざんした永和の提出した証拠書類の提出などとあいまって全ての裁判で負けるように仕組んだ。

こんな事情で裁判では決着したが、永和には社会的道義的責任があるとインターネットで訴えてきた。それに対し永和は元日弁連会長の久保井という大物を雇ってホームページを閉鎖しろと「警告書」を送りつけ脅迫してきた。その後7年半以上が過ぎたので永和の本店に真意をただしに、久保井には柳川弁護士から書面を送ってもらったがいずれも「告訴するかしないかはこちらの自由」とのこと。恐らく過去の悪事を蒸し返されるのを恐れてのことだろう。悪徳信金に悪質弁護士あり、か。

平成22年12月31日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成23年2月10日送付

悪党杉山常好と永和信金と久保井弁護士を徹底追及!

脅迫まがいの「警告書」を送り付けて7年半以上も放っておいて私の行為が「違法行為」とはよく言ったものだ。私のホームページには客観的な証拠書類など、嘘や誇張もなく事実だけを掲載しているので「違法行為」とは言えず、そのために永和も久保井も「無視」し続けるしかなかった。そして、告訴をすると過去の触れられたくない杉山常好との結託、職員の私文書偽造、谷口弁護士や村上博志との裏取引など一連の不祥事を蒸し返すことになるので「無視」し続けた。また、法的措置を取るか否かの判断は自分たちの自由だとは身勝手な話だ。7名の弁護士連名の「警告書」は法律に疎い一般人にとっては精神的重圧を与えるものだ。私が永和に対して強く訴えてきた「社会的道義的責任」の言葉を引用して私のほうにそれがあるかの表現は、弁護士としては低レベルだ。弁護士は論理的、倫理的に弁を立て、相手を納得させるものだが他人の言葉尻を捉えるしか能がないのに「金」だけはしっかり稼ぐとは、「悪徳永和信用金庫に悪質弁護士」ありといえるだろう。

詐欺横領した悪党杉山常好と、それに加担した悪徳永和信用金庫と、脅迫状を送りつけた悪質久保井弁護士事務所をこれからも徹底追及する覚悟です。

平成23年2月10日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成22年8月10日送付

杉山常好の犯罪と悪徳永和信金と弁護士の結託

杉山が詐欺横領し、それに永和職員が加担して始まった事件だったが、その後の裁判での藤原猛爾弁護士の証言が谷口弁護士と永和の結託を暗示していた。

谷口弁護士の作成された書面等を見ての感想を尋ねられて、
銀行相手の預金が違法に払戻しされたという損害賠償、あるいは民法の準債権者に対する弁済が、過失によって無効だというような、そういう論点でしたけれども、まあ、同業者のことですけれども、かなり杜撰な主張、立証をされてたように思いました。

「その資料で、やっぱり金庫の方にこう問題点、かなり疑わしい点というのはやっぱりありましたか。」という問に、
先程言いましたように直接的には民法478条ですか、既済債権の準占有者に対する弁済ですから、本人、あるいは本人の代理人と称して通帳と印鑑とで作成して、払いの請求書を持ってくれば、普通、銀行は弁済もしくは返済しますね。彼が持ってきた関連の伝票ですね、或いは銀行が作成したという、彼が扱ってる手形なり預金なりの明細を見まして、かなりいい加減なとこがあったと、問題もあった。

谷口の書面も金庫の書類も杜撰で裏取引を物語っている。

平成22年8月10日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成22年10月10日送付

杉山常好も永和信用金庫も極悪

私の金員を持ち逃げし栃木へ逃亡した杉山と、それに加担した職員の罪を隠蔽し、社会的・道義的責任のある永和信金は未だにまともな弁明も謝罪もしない極悪人だ。

先日永和本店へ行ったが、私一人だとどんな挑発をしてくるかわからないので、話し合いの場の証人として友人と共に行った。受付で名前を告げると待ち受けていたように5名の職員が現れたが、私一人ではなかったので少し戸惑ったようだ。応対した職員に名刺を要求したが拒否し、約1時間最後まで「理事長は会わないといっている。」との返事だ。納得できないので「また来る」と言い残したが、「何度来ても会わない」の返事だった。私は事前に「社会的・道義的責任」と「久保井総合弁護士事務所の警告書の真意」について釈明を伺いたいと2度も通告している。それにもかかわらず、拒否の理由も明かさずにただ「お目にかかる意思はありません」の一点張りだ。永和信用金庫のHPには「苦情処理措置・紛争解決措置の概要」に「改善措置を徹底の上、再発防止や未然防止に努めます」とあるが、全部虚偽だ。4年前から毎月抗議のはがきを送ってきたが何の対応もせず、その証拠にあちらこちらの支店での不正を隠蔽しているとの報告がある。私は永和が真っ当な信用金庫に生まれ変わるまで徹底追求いたします。

平成22年10月10日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成22年6月5日送付

悪徳永和信用金庫が弁護士をも無視する理由

杉山常好が私の金を騙し取るため永和を紹介し、金庫職員と組んで詐欺横領し栃木へ逃げた。一方の永和信用金庫は事件を隠蔽するために私の依頼弁護士谷口と谷支店長を脅した村上と裏取引をし、私が裁判で負けるように仕組んだ。

永和信金を刑事告発した当初、不受理となったが「詐欺横領」ではなく「私文書偽造」であるので訴因を変更するよう検察庁から指導された。谷口はその指導に従わず刑事告発をしたので不起訴処分になった。その後近畿財務局へ調査依頼をしたりして時間稼ぎをしたので永和に対する民事訴訟を起こしたのは公訴時効満了の次の日だった。杉山を「詐欺横領」、永和を「私文書偽造」で最初から告発していれば事件はとっくに解決していたが、谷口と永和の裏取引の結果、法律に疎い私を全ての裁判で負けるように仕組んだ。藤原弁護士も「不起訴理由は手形金相当額を杉山が受領し、手形の割引債務は私の債務として帳簿上記載され、その後この手形が不渡りになった時に私が買戻ししたことになっている。杉山を詐欺横領で告訴すべきであった。永和には損害賠償の責任はある。」と言っていた。

永和はこれらの事が今更ながら明らかになることを恐れて、柳川弁護士の通告書を無視し、私を告発できないでいるのだ。

平成22年6月5日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成22年7月5日送付

逃げ回る詐欺横領・杉山常好と不正続発・永和信金

詐欺・横領男「杉山常好」と、私文書偽造・同行使、そして隠蔽体質の悪徳信金「永和信用金庫」をインターネットで訴え続けて七年が経過するが、未だに「信用毀損」や「名所毀損」で訴えてこない。訴えて来れないのだろう。

元日弁連会長の久保井弁護士事務所の7名の弁護士を使って「警告書」なるもので脅してきたが、その後7年以上経つが、手も足も出す事が出来なく、ただインターネットでの私の訴えを黙って見守るしかない杉山と永和信金。大物弁護士でさえ手を出せないのは、私の主張に虚偽もなければ誇張もなく、真実そのもので「名誉毀損」「信用毀損」で告訴することが出来ないからだ。

最近の私のホームページへの書き込みでは、不正事件が続出する永和信金に、監視のために官僚出身の理事が就任したとか。隠蔽体質で問題を先送りする、あるいは逃げ回る小林理事長の下では不正続発も仕方の無いことだろう。

これまで毎月手紙を送ってきたが全て無視し、私の弁護士からの二度にわたる「通告書」も無視し、問題解決から逃げ回っているが、私が告訴されるのか、永和信金が痛手を蒙るのか、これからも結果が出るまで闘い続ける覚悟です。

平成22年7月5日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成21年12月10日送付

悪党杉山常好の逃亡と永和信金が脅された理由

谷支店長に「村上博志から何度も脅迫されている。この事は吉川さんの指示ですか」と問われたが、私は「一切そのような指示を出したことはない」と告げた。そこで谷支店長は「杉山常好と会ったらどうですか、杉山との話ならどのような相談も受けます。」との発言があったので杉山を永和信用金庫巽支店へ呼んだのです。杉山は、私に「村上のような事件屋を退かせたら協力する。」と言ったのです。既に私は杉山常好を信用していなかったが谷支店長からこの日に手形の受取書、出金伝票を受け取り、私の自宅で、杉山に「金伊三雄、古本治三の振出人手形の不渡手形は金庫から返還していないので裏付け調査をするから俺に協力できるか」と言った所、杉山は「家に用事があるので用事を済ませてから来る」と言って帰宅、その後何の連絡も無く、いつの間にか大阪から逃亡していた。

翌日村上と会い、私が「何を勝手に谷支店長を脅迫するのか」と怒ると、村上は「谷支店長がそんなことを言っていたのか、それなら永和信用金庫がひっくり返るぐらいの事件にしてやる」と弁解していました。私は、「もう二度と金庫へ行くな」と釘を刺したが、村上はその後も金庫へ谷支店長を訪問していた事が判明した。その村上が私に300万円の和解金を支払った事は裏取引のあった事の証明だ。永和・杉山よ道徳に反してないというなら反論して来い!

平成21年12月10日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成22年1月10日送付

今年も徹底追及!悪党杉山常好と悪徳永和信金

昭和48年、杉山常好の詐欺横領に加担した永和信金職員の不正が事件の発端となり、様々な経緯を経て今日まできました。大物弁護士を使ってホームページを閉鎖せよと脅してきたが、「警告書」どおりの告訴はせず、私の抗議文には目をつぶり、未だに反省も無く、城東支店をはじめ最近でも不正の温床になっていたことで永和信用金庫は、過去に「暴力団をバックに大きくなった。」と言った谷元支店長の言葉が単なる脅しで無い、隠蔽体質の不法金庫であることが証明された。

ホームページを開設して早や7年、内部告発や掲示板への投稿などでそれなりの効果はあったと確信していますが、肝心の永和は「馬の耳に念仏」で反省もなく、大物弁護士共々無視を決め込んでいます。ホームページ内の記事や投稿など、どれ一つとっても、真っ当な企業活動をするものにとって不愉快極まりない、不名誉なものだと思いますが、それに対して何の反論も出来ず、法的措置も取れないのは、やはり事実で埋め尽くされているからでしょう。

インターネット上にいつまでも私のホームページが有る事に、企業としての信用上の危機を感じない信用金庫の経営者の感覚に、不信を抱く職員、利用者は少なからずいるだろう。

平成22年1月10日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成21年10月10日送付

金庫職員と杉山常好が結託した不法行為の証言

昭和60年9月8日、松山空港ロビーの喫茶店で、永和信金を退職して松山市に帰っていた支店長代理に檜垣安紀に会い、私が桧垣に「金伊三雄振出人手形と古本治三振出人手形が私の知らないうちに依頼返却されて期日前買戻しとして処理されているが、依頼返却は誰がしたのか。杉山常好がこの手形を金庫から入手して金伊三雄と古本治三から取立てをしているが誰が杉山に手形を渡したのか。」と問うと次のように説明しました。(立会人・安東日明)


A.依頼返却の手形全部が吉川さんが返却したのではない。金庫内部の便宜上、依頼返却する場合もあった。


B.手形期日前に吉川さんの承諾が無いにも拘らず受付の窓口金庫職員が返却をしていたので、受付者の金庫職員も悪い。


C.杉山に依頼返却した手形は手形期日までに返済すれば良いが、吉川さんが金庫に持ち込んだ手形が無くなる原因である。と明言していました。


A、B、Cの明言は、金庫に私の手形を預けてあるのを自由自在に金庫職員が杉山と仕組んで私の印鑑を悪用し、受取書等を作成し、私が返却したようにして、私の持ち込み手形を着服していたので出金伝票の筆跡が違うのです。(客観的証拠である。)これまでの私の主張に一言も反論できないのは、数々の明確な証拠に基づいているからだろう。杉山よ、永和信用金庫よ、良心があるなら罪を認めて謝罪しなさい。

平成21年10月10日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成21年11月10日送付

詐欺師杉山常好と暴力団がバック、悪徳永和信金

谷口光雄弁護士の指示で、村上博志と安東日明と一緒に永和信用金庫巽支店に取引資料の提出を求めに行った際に、谷支店長は暴力団、諏訪組の名前を出して私達を脅し、「元帳」の控えの提出を求めたが拒否されました


谷口弁護士にこのことを詳細に説明すると、谷口弁護士は「明日、本店に行き調査して貰うと共に元帳の提出を求めるように」と告げられました。


次の日、本店に行って谷支店長の暴力団発言と調査の依頼をしたが、後日「元帳」のコピーを提出すれば足りるのに、それをせずに手書きで一覧表を作成し、しかも「手直しをした」と明言していたのであり(審査部五十棲義明、管理課森田実)、このような手直し済み「改竄」の手書きの資料を提出すること自体、違法であって全く「誠実に応対した」とはいえない。元帳のコピーを提出できなかったということは「元帳」自体に違法(違法・不正な事務処理の証跡)があったことを強く推測させる。


杉山常好と金庫職員の結託した詐欺横領と私文書偽造の犯罪を覆い隠す為に谷支店長は暴力団の名前を出したことが不正の隠蔽を物語っている。


平成21年11月10日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成21年8月10日送付

悪党杉山常に加担した悪徳永和信金の罠

詐欺横領の杉山常好と結託して不法行為を行った永和信金は、私側の弁護士と村上博志と裏取引をして抱き込み、刑事告訴と民事訴訟が不利になるよう導いた。私が多大な財産を失った事は紛れも無い事実であり、谷口弁護士と村上が私に和解金を支払った事で暗に裏取引を認めた事になった。その事実を基に当時の高橋伸治理事長に道義的責任があると、話し合いをする目的で金庫本店に行ったのである。ところが職員の清水一男が四人連れで現われ、初対面の私にいきなり頭ごなしに「何しに来たのか、話することは無い、すぐに帰れ、帰れ」と大声で怒鳴ってきたので口論になり、警官が呼ばれ、その後も更に清水が「帰れ、帰れ」と言うので私が清水の襟首をつかんだが、刑事が割って入って収拾した経緯があった。

数日後に訪れた際に、又清水が「帰れ、帰れ、何しに来たのか、阿保と話し合いすることは無い、帰れ、帰れ」と大声で怒鳴ったため、思わず手を出してしまったが、「清水の挑発に乗った」と、魚津刑事に言われたのも当然だった。

高橋理事長、小林泰理事等は合議の上清水に挑発させ、私を卑怯な罠に嵌めたのである。清水は私が拘置所に在所中に常務理事に出世した悪人である。絶対許すことは出来ない。


平成21年8月10日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成21年9月10日送付

悪党杉山常好と悪徳永和信金の詐欺横領・私文書偽造

永和信金巽支店職員と杉山常好が結託し、私の預金を詐取し多大な被害を与えながら、悪徳行為を認めようとしない永和信用金庫と杉山には社会的・道義的責任は今も存在する。

●乙第25号証の4(金銭消費貸借証書の杉山の連帯保証人)

杉山とは昭和48年4月12日に絶交していたので連帯保証人を頼むことはなかった。54年4月、59年7月に杉山と会った時も「連帯保証人になったことはない」と明言していた。

60年9月、実弟と安東の二人が東京で杉山に会い確認したところ「連帯保証人になったことはない」と明言した。その時「俺が何かした思うてるのと違うかなと思てるかも分からんけどな、俺が腹切ってもな、言葉だけじゃないよ、俺が一寸でもてんごしとるんやったらな、俺が腹切ったる言うねん、真二にな。」とも明言した。(甲118号証、録音テープ速記録)

●裁判では谷支店長と檜垣代理店長は「杉山常義は連帯保証人になっている」と証言していた。63年1月の裁判では杉山も「連帯保証人になっている」と証言したが、前述の我々への説明とまったく逆のことを証言した。私が頼むはずのない連帯保証人は金庫と杉山が勝手に捏造した事の証明である。

●善人面してのうのうと生活している悪党どもよ、未だにインターネットで悪事を公表されても恥ずかしくないのか。

平成21年9月10日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成21年6月10日送付

悪党杉山常と暴力団と歩んできた悪徳永和信金

杉山常好が詐欺横領をし、それに加担した永和信金職員の不正を隠蔽するため、被害者を脅したり、相手方の弁護士を抱き込んで事件の揉み消したり、大物弁護士を使って被害者を脅したり、未だに反省も無く、不正の温床になった永和信用金庫は、「暴力団をバックに大きくなった。」と言った谷元支店長の言葉が単なる脅しで無い、不法金庫だと証明された。

不明になった私の預金の資料を貰ったが、点検すれば身に覚えの無い取引の資料だった。谷口弁護士の指示で村上、安東と共に説明を求めに行った時に、先の「暴力団発言」で私たちを脅し、資料の提出を拒んだ。更に資料の提出を求めれば改竄した資料を渡された。その後私の筆跡でない出金伝票について職員の立岩が「自分が作成した」と言ったが、320万円の金員の渡し先については口を硬く閉ざしたままだった。

それ以降、私の知らない間に不正を知った村上等が勝手に永和に行き、谷支店長を脅した。「村上から何度も脅迫されている。吉川さんの指示ですか」と谷から聞かれたが、私の知る所ではなかった。檜垣の「何億を使っても揉み消す」と言った言葉、後に谷口と村上が私に300万円ずつの和解金を支払ったことなどを併せ、永和が裏取引をしたことは明白である

平成21年6月10日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成21年7月10日送付

詐欺師杉山常と悪徳永和信金の不正の事実

谷口光雄弁護士に対しての私の質問書(平成7年7月20日)の中で『特に裏付けの取れている金伊三雄振出人手形と古本治三振出人手形を証拠として、何故告訴しなかったのですか』と質問しました。

谷口弁護士は『金伊三雄、古本治三の手形は、最初は告訴事実にしていたが、右手形金相当額は何れも杉山常好が受領していることになっており、金庫の犯罪とするには証拠が無いので担当検事の指示があって3回目の告訴状から省いた』と平成8年6月19日に回答しています。

しかし、藤原猛爾弁護士に質問書と回答書を見せ説明を求めたところ、藤原弁護士は『不起訴理由は手形金相当額を杉山が受領している、その手形の割引債務は吉川真二の債務として帳簿上記載され、その後、この手形が不渡りになった時に、吉川が買戻しさせられたことになっている。杉山を詐欺横領罪で告訴すべきであった、金庫職員名5名を相手に業務上横領の詐欺告訴ではなく、私文書偽造、同行使で告訴すべきであった。不起訴になったが、永和信用金庫に損害賠償の責任はある』と平成18年1月26日に客観的判断として明快に回答しました。永和よ、反論があるなら訴えてきなさい

平成21年7月10日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成21年4月10日送付

悪党杉山常好と悪徳永和信金と悪辣弁護士

杉山は初めから私の金を騙し取るため永和を紹介し、金庫に預けていた手形を、金庫職員と組んで依頼返却という形で勝手に振出人から金を回収し、詐欺横領し栃木へ逃げた。一方の永和信用金庫は事件を隠蔽するために私の依頼弁護士と村上と裏取引をし、私が裁判で負けるように仕組んだ。それは私の依頼弁護士と村上が私にそれぞれ和解金300万円もの大金を支払った事が何よりの証拠である。

道義的責任を求めに永和に交渉に行き、当初は応対していたが、改竄した書類の私の追及に立場が悪くなるや、営業妨害や住居侵入罪で訴えると拒絶するようになった。このことをインターネットで訴えてきたが、永和の代理人弁護士元日弁連会長久保井一匡以下7名の連名で警告書を送ってきた。「裁判所の判決において永和信金の正当性が認められているのに、今なお誹謗中傷する説明をインターネットで繰り返しているが、司法の判断を無視するものであり、明らかに刑法上の名誉毀損罪、信用毀損罪に該当するものである。直ちに閉鎖しなければ、当職らはしかるべき法的手続きを取ります。以上、厳重に警告いたします。平成15年4月24日」。あれから6年、何も言ってこないのは何故か。悪党どもよ!

平成21年4月10日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成21年5月10日送付

悪党杉山常好事件が発端、悪徳永和信金の不正

30数年前、杉山常好の詐欺横領事件とそれに加担した永和信金職員の不正を発端に、被害者を脅したり、相手方の弁護士を抱き込んだりして事件の揉み消し、隠蔽工作を続けてきた永和信用金庫では不正事件が今も絶え間が無い

最近でも「城東支店 生野支店 生野小路支店 西支店 北花田支店 花園支店で不正事件が有った」との内部告発が私のホームページの掲示板に投稿されている。単なる噂ではここまで具体例が出ない。城東支店の事件だけは表に出たので公表して「お詫び」をしたが、他の事件は私の件や金利騙し取りの件と同様、被害者を脅して隠蔽しているのだろう。

「公共的な役割を担い、信用を第一とする地域金融機関として、このような事件を発生させたことを厳粛に受け止め深く反省しています。今回の事件を契機に、改めて役職員に対するコンプライアンス教育の徹底、内部監査機能の見直し、事務取扱の更なる厳正化をはかるなど、再発防止策を徹底してまいります。」と、形ばかりのお詫びをしているが、処分はトカゲの尻尾切りで、上層部の処分はこれも形だけのものである。全てを明らかにし、謝罪し、善処しなければ事件の再発は防げない。私のこれまでの主張の正当性が証明された。

平成21年5月10日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成21年2月10日送付

杉山常好の詐欺横領と永和信金の隠蔽事実

30数年前1千万円余りを詐欺横領した杉山と、それに加担し、私文書偽造した永和信用金庫は、未だに事実から逃げ続けている。

手形貸付元帳には村上博志が書き込んだ筆跡があったが、金庫代理人吉田朝彦弁護士は村上と結託した違法行為が事実であるので村上の記入箇所を全て抹消し、改竄した資料を差し替え証拠書類として裁判所に提出した。この書類を初め、金庫側の提出した改竄書類により裁判に敗訴したが、金庫側との裏取引を暗に証明する、その後の村上と谷口弁護士との和解を受けて、金庫に道義的責任を求めに交渉に行き、疑問を次々ぶつけた。

業務部副部長金澤繁彦に、手形貸付元帳に記載されている手形振出人は、村上博志が書きこんだと指摘し質問すると、金澤は「村上は個人的な欲で金庫を追い詰め、金庫側の資料を調査する為,出入りしていたと・・・推測やけれども思う」と発言していました。つまり、金庫の不正に気付いた村上が金庫と裏取引をし、金員を得ていたのだ。又、交渉時に金庫側が隠し録っていた録音テープでも、裁判の証拠として提出した記録では、谷支店長の「永和のバックに暴力団がいる」旨の発言部分を「・・・?・・・」と記して隠蔽していた。都合が悪くなった金庫は私との交渉を打ち切り、建造物侵入、営業妨害と訴えるようになった。

こんな信用できない金庫が「反社会的勢力に対する基本姿勢」として弁護士や警察と協力して対峙するという。「反社会的勢力」とは、己自身のことではないのか

平成21年2月10日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成21年3月10日送付

反社会的勢力の杉山常好と悪徳永和信用金庫

社会の秩序や安全に脅威を与え、健全な経済・社会の発展を妨げる反社会的勢力との関係を遮断するため、「反社会的勢力に対する基本方針」を定め、これを遵守します。

取引の原本資料の提出を依頼すると谷店長が「諏訪組をバックに西成区の売春婦を相手にし、頼母子講で金を集め、金を貸して儲け、それで浪速区に本店を置き今の永和信用金庫が発足した。」と暴力団の名前を出し、金庫の不法行為を隠蔽する為に威圧する言動で資料の提出を拒否された。

日本ジャーナル出版のホームページにも掲載されていた記事では、「-抜粋-信用金庫は、戦後の混乱期に派生した講、無尽が大きくなり、信用組合、信用金庫へと成長したところが多い。××(永和)もその一つだ。“信用”と名が付く金融機関だから、法にふれることをするはずはないが、過去にはキナ臭い話はたくさん噂された。職員の使い込み、横領、不正情実融資などなどだ。-中略-氏名を出して、長い年月闘っている人もいる。信金側に膿があるのか、あるいは、個人の誹謗中傷か。」

見事に言い当てている。谷支店長が私に放った言葉がそのままだ。私のインターネットや毎月送っているハガキが誹謗中傷にあたるのなら、久保井弁護士が送ってきた脅迫状まがいの警告書の通り、また、永和のHPにあるように「反社会的勢力」として「名誉毀損・信用毀損」で告発すればよいのだ。それが出来ないという事は私の主張が正しく、永和と杉山が「反社会的勢力」ということを認めたことになる。

私はこの真実をこれからも社会に向けて訴えていきます。

平成21年3月10日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成20年12月10日送付

良心の欠片も無い、杉山常好と永和信用金庫


今年も早や1年を終えようとしているが、詐欺・横領男「杉山常好」と、私文書偽造・同行使の悪徳信用金庫の「永和信用金庫」は相変わらず逃げの一手だ。


人の金を騙し取りながら、栃木へ逃げ延びた杉山常好は、子や孫にどんな顔して日々暮らしているのだろうか。私はこの事件がきっかけで家族を失って今も辛い思いをしているが、人に多大な迷惑をかけたまま晩年を過ごして悔いは残らないのだろうか。


その詐欺横領に加担し、私文書偽造・同行使で私に多大な損害を与えた永和信金は、金庫ぐるみで証拠書類まで改竄し、裁判所を騙して勝訴した事を良い事に、永和に預けた私の金が無くなったという事実だけを残して、私の訴えに耳を貸さずに道義的責任を放棄している。企業の「法令遵守」が強く求められる昨今では考えられないことだ。


地域への貢献という仮面を被って過去の傷を隠し通して営業を続けることは、決して健全とはいえない。良心の欠片があるのなら、膿を出し切って清々しい気持ちで、また胸を張って再スタートするのが子や孫に、そして若い職員に示すべき姿ではないのか。追及の手はこれからも緩めない!!



平成20年12月10日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成21年1月10日送付

詐欺横領杉山常好と悪徳永和信用金庫の隠蔽工作

■杉山常好の紹介で永和信用金庫巽支店と取引を始めたが、得意客だった杉山と結託して、金庫職員が私文書を変造し、手形相当金を騙し取った。杉山は初めから私の金員を横領するために永和信金を紹介し、金庫職員を抱き込み、私文書偽造・詐欺横領で私に多大な損害を与えたが、創業間もない永和は、信用・名誉を守るために谷支店長以下金庫ぐるみで隠蔽工作をした。私の依頼弁護士を抱き込み、また改竄した資料で裁判ではことごとく永和が勝訴した。

■平成11年の裁判では藤原弁護士がそのことを証言していた。「金庫が作成したという彼の手形や、預金などの明細を見て、かなりいい加減な所があったと、問題もあったというふうに記憶しています。」「金庫は帳簿そのものを提出すべきところ、手書きの資料しかなかった。」「取立手形では、吉川さんの扱っていない手形が本人の扱い手形というふうに処理されておったと。それがいったん記載されたのが、後に消され、間違っていたという報告があった。」  …金庫の事務処理もかなり杜撰な点、違法にわたるかもしれない点もあったか。… という質問に「はい。そういう報告書だけですからね。原本というのが提出されなかったというのが、最終的に、この事件が吉川さんの望む結果にならなかったという、一つの理由であろうと思う。」

■他の弁護士に見て貰った谷口弁護士の訴状、準備書面も杜撰なもので、裁判に負けるように導くようなものだった。

■後に私に語った藤原弁護士は「私も代理人だったので、永和信用金庫の事件内容も知っているが、一般的に大金である、各自300万円を吉川さんに支払う事は、吉川さんの主張しているように谷口弁護士と村上博志が結託して、永和信用金庫と裏取引していたので吉川さんに損害を蒙らせた和解金だと誰もが思うでしょう。」

インチキ裁判に勝っても道義的責任は永遠だ!!

平成21年1月10日日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成20年10月10日送付

横領杉山常好と偽りの看板掲げる永和信用金庫

「~あなたと共に歩む~を合言葉に掲げ、来るべき80周年に向かって歩み始めた永和信用金庫。今後も地域社会への貢献、地域との共生を目指すとともに、リレーションシップバンキングを前提とした社会貢献活動にも注力しています。」

なかなか立派な宣伝文句ですが、裏では騙され、泣かされている人もいます。その80年の約半分近くも永和金庫職員と横領男・杉山常好の起こした暗い事件と闘っている私もその被害者の一人です。中には永和と同じように「信用」を守るため、資料を改竄し、事件を揉み消す悪徳信金もあるが、ほとんどの金融機関は事件が発覚すれば速やかに調査し、今後の対応策とともに謝罪文を公表するものだが、これが真に「信用」を守ることになる。それを知らない企業にはやがて「雪印」のように天誅が下るだろう。また、事件のきっかけを作った杉山も同じだ。「天網恢恢疎にして漏らさず」で必ず天罰を受けることになるだろう。

来年度も新規採用を募っているようだが、希望に満ちた若い職員がインターネットで私のホームページを見てどう感じるのだろう。黒い膿を溜め込んで私と共にこれからも歩むのでしょうか。

平成20年10月10日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成20年11月10日送付

事実から逃げるな、横領杉山常好と悪徳永和信金

杉山と金庫職員が共謀して私の持込み手形を悪用し130万円を騙し取ったのを皮切りに、1050万円の損害を被らせた行為は、金庫の信用を守る為に嘘に嘘を重ねる、支店長・谷、支店長代理・檜垣、貸付担当・勝原、同・立岩、普通口座担当・末益ら支店ぐるみの隠蔽工作に発展し、私の依頼弁護人・谷口を抱き込み、改竄書類で裁判所まで騙した。

この事は後に谷口と村上が私に和解金をそれぞれ300万円支払った事で証明されたが、これを受けて社会的、道義的責任を求めに行ったが、当初応対した業務部長の金澤繁彦は、代金取立返戻書の印鑑について問いただした際、「吉川さんが金庫職員に印鑑を渡した時に、金庫職員が勝手に余分な伝票に前もって押印した伝票を持っていた。」と明言して印鑑の不正悪用を認めていた。しかし、その後応対する担当者が次々変わり、裁判で決着済みだから会う必要はないと、面会を拒絶した。

事件当初、不審を正しに巽支店に行った際、本店管理課の森田実が「一つでもおかしい箇所や不正があれば全責任を負います。」と明言したが、その後不正を見つけた私が金庫に行った時は退職していた。このように永和は都合が悪くなると人をも隠してしまうのである。悪徳、悪質信用金庫だ。

平成20年11月10日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成20年8月10日送付

人権侵害の杉山・永和信用金庫とその弁護士

杉山常好に紹介され、永和信用金庫と取引を始めたが、知らないうちに杉山が詐欺横領、それに金庫職員が手を貸し私文書偽造したことにより多大な損害を蒙った。その結果、今日に至るまで、被害金額以上に裁判費用や、抗議活動費などで全財産を失い、人生を大きく狂わせ、苦しめられた。

裁判では、永和信用金庫と裏取引のあった私の依頼弁護士の不誠実や金庫の改竄した証拠書類により、ことごとく敗訴になったが、後にその弁護士と和解が成立したことで永和信用金庫に道義的責任を求めに行ったが、最終的に面会拒否をされた。納得できない私はインターネットで永和信用金庫の不法行為を訴えてきたが、高名な弁護士を筆頭に多数の弁護士を使って妨害工作をしたり、名誉毀損で告訴するなどと脅してきた。しかし私の主張が正しいと確信していたので応じないでいると、今日まで一切無視されつづけました。

基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする弁護士法の趣旨に則った、弁護士会の「人権侵害救済申立」という制度を知り、この機会に「人権侵害救済申立」をし、永和信用金庫に対し、長い間、苦痛を受け続けたことに謝罪を求め、社会的、道義的責任を果たして貰おうと思った。

ホームページが刑法上の「名誉毀損」「信用毀損」にあたるので刑事告訴をすると警告書を送ってきていたが、そちらが訴えないのなら私は社会正義実現のために最後まで私の手法で訴えていきます。

平成20年8月10日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成20年9月10日送付

社会貢献は名ばかり、杉山の横領に加担、永和信金

杉山常好の紹介で取引を始めた永和信用金庫巽支店の職員が、杉山と結託して私文書を偽造し、手形相当金を騙し取ったのを手始めに、当時の金額で1050万円の損害を蒙った。その後の裁判では、私の依頼弁護士抱き込みに加え、金庫の提出した改竄書類により裁判はことごとく敗訴したが、その弁護士との和解により金庫との裏取引を確信した私は道義的責任を求めに金庫に交渉に行ったが、当初は応対していたが、面談を拒否するようになり、「営業妨害で訴える」と、門前払いするようになった。

私はホームページで事件の経過を訴えましたが、最初は無料のホームページだったので、永和の妨害で消されてしまいました。その後有料のホームページで掲載すると、7名の弁護士連名の「警告書」を送ってきたが、ホームページを閉鎖しないと告訴すると言ってきたのに、自分の主張が正しいと確信していたのでそれを無視して今日まできたが、その後は何も言わなくなった。単なる脅しだったのだ。私の主張は間違いではなかったのだ。

マイナビ2009で「第10回信用金庫社会貢献賞会長賞」受賞の記事で「社会貢献活動に取り組んできた意識の高さや継続する姿勢を讃えたものといえるだろう。職員は前向きで、心のゆとりを持っている印象を受けた。きっとお互いが切磋琢磨しながら、社員自体が社会の一員として成長できる環境があるのだろう。」と紹介されているが、インターネットで「永和信用金庫」と検索して、私のHPや2chで「金利騙し取り」と散々書き込まれて放置するしかない金庫の態度が、果たして職員が誇りを持って「永和信用金庫職員」といえる環境なのだろうか。甚だ疑問である。

平成20年9月10日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成20年6月10日送付

横領杉山常好と永和信用金庫のコンプライアンス

~社会のルールと庫内のルールを、きっちり守ってサービスを提供しています~

一般的に業務を行う上での法令や社会規範、金庫が定める就業規則、諸規定などのルールを遵守することをいいます。金融機関の社会的責任や企業倫理のあり方が厳しく問われている現在、当金庫は地域金融機関として社会から信頼を得て、自らに課せられた公共的使命を遂行していくため、コンプライアンスの徹底を経営の重要課題に位置付け、健全経営の実践に努めています。

事件を揉み消し、ひねり潰して「法令遵守」を偽装し、利用者から見えなくすることが永和の「リスク管理」なのか。他行では事件が発覚すれば速やかに謝罪と改善策を公表し、事件の再発防止に努めている。これが「法令遵守」につながり「リスク管理」になる。

高名な弁護士を使い被害者を脅し、思い通りにならなければ無視を決め込む。いつまでもインターネット上で様々な悪行を公表されても手も足も出ない。金庫職員はどんな思いで職につき、また、誇りを持って働けるのだろうか。

杉山常好の詐欺横領に、組織ぐるみで加担したことを発端に泥沼にはまり込んで未だに解決できないでいる。他の件でも同じだ。上記の「健全経営の実践」が泣くだろう。

また、「正義」のない弁護士も同罪だ。

平成20年6月10日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成20年7月10日送付

杉山常好の詐欺横領と永和信金の改竄資料

杉山の紹介で永和と取引を始めたが、約1ヵ月後手形を取立に回したところ、無断で手形が「割引」扱いにされ、割引金合計130万円が私の普通預金口座に振込入金されたうえ、何者かによって勝手に引き出されていた。私はそういう処理については全く知らず、勿論「払戻請求書」に署名捺印もしておらず、後に杉山が金庫職員と結託して行ったものと判明した。

これを第一の事件として、以後、1年半ほどの間に10件で合計金1055万円の損害を受けた私は、巽支店に取引資料を交付するよう請求に行きました。ところが、当時の巽支店長、谷肇が「当金庫は暴力団の諏訪組をバックに売春婦に金を貸して大きくなった」等と、組の名前を出して暗に威嚇し、取引資料の交付を拒絶したので、本店に取引資料の提出を請求に行ったが、手書きの資料が私に交付されました。勿論その時の私は改竄(担当職員の不正な事務処理の痕跡を消したもの)された資料とは知らず、それを根本証拠とし、谷口光雄弁護士に金庫職員への刑事告訴と、金庫への預金返還の民事訴訟を依頼した。結果は金庫と裏取引をした谷口弁護士の杜撰な処理で刑事告訴は不起訴、民事も敗訴した。金庫からの改竄済みの資料では職員の不正な事務処理や杉山の詐欺・横領行為への職員の加担が立証されるはずもなかった。

平成20年7月10日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成20年4月10日送付

横領男、杉山常好と悪辣永和信用金庫の隠蔽工作

私は、杉山常好の紹介で永和信用金庫巽支店と取引を始めたが、元支店長、谷肇は部下の職員とともに杉山常好と結託して、私文書を変造し、手形相当金を騙し取ったのです。杉山は私の金員を横領するために永和信用金庫を紹介し、金庫職員を抱き込み、私文書偽造・詐欺横領で多大な損害を与えたが、創業間もない「永和」は、信用・名誉を守るために金庫をあげて隠蔽工作をした。企業倫理が社会問題となる現代では考えられないことだが、黎明期の過去には時々見られることだったが、許されることではない。

平成11年の裁判で、証言した藤原弁護士がそのことを物語っていた。 「金庫が作成したという彼の手形なり、預金なりの明細を見て、かなりいい加減な所があったと、問題もあったというふうに記憶してます。」 「金庫が帳簿そのものを提出すべきところ、手書きの資料しかなかった。」 「取立手形では、吉川さんの扱っていない手形が本人の扱い手形というふうに処理されておったと。それがいったん記載されたのが、後に消され、間違っていたという報告があった。」 ― 金庫の事務処理もかなり杜撰な点、違法にわたるかもしれない点もあったか。― という質問に「はい。そういう報告書だけですからね。原本というのが提出されなかったというのが、最終的に、この事件が吉川さんの望む結果にならなかったという、一つの理由であろうと思う。」

金庫職員と杉山常好が結託し、客を裏切り、友を裏切り犯した不法行為の社会的、道義的責任は、自然債務と考えられるので時効等により消滅することはありません。

平成20年4月10日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成20年5月10日送付

杉山常好の横領と永和信用金庫の私文書偽造

杉山常好の横領と永和信用金庫の私文書偽造が事の発端になった、一連の不法行為による損害回復のために永和信用金庫を提訴した裁判で、裁判長は和解勧告を提示した。永和に落ち度があると裁判所が認めたからであるが、永和はこれを拒否した。勝算があったからだろう。何故勝算があったのか、それは私の依頼した弁護士と結託し、不適切な訴因かなり杜撰な準備書面、また永和の改竄した証拠書類があったからだ。案の定、裁判では永和の予想通りになった。

永和に預けた私の金員が無くなったことは紛れもない事実で、谷口弁護士の事務所に何度も抗議に訪れ暴力事件をおこしたが、それに対して谷口が私を慰謝料請求の告訴をした。しかしこの裁判の結果は、谷口側からの提案による和解で、300万円を私に支払うというものだった。谷口を紹介した村上博志も私に300万円を支払った。金庫から何らかの報酬を得ていなければ払えない額だ。以前、支店長代理だった檜垣安紀が「何億を使ってでも揉み消す。」と言っていたが、この和解金が裏取引を証明するものだ。

控訴の結審日、金庫側代理人吉田朝彦弁護士が私に「金庫にも色々と問題があると思う。和解する気持ちがあるのなら考えるので、連絡してくれ」と告げたことがあった。

一審で裁判所の和解勧告を拒否しながら、控訴審の廷外での歩み寄りに不信感を抱いたので拒否をした。

平成20年5月10日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成20年2月10日送付

杉山常好の横領と永和信金の隠蔽を証言

昭和50年巽支店会議室で谷支店長や金庫職員と本店の審査課長等と私の手形について数々の不審に思っていた事の説明を求めた。その一例として、私の筆跡でない320万円の出金伝票について「この出金伝票を作成したのは誰か」との質問に、立岩が「私が書きました」と返事した。私は「この出金伝票の金を出金したのは私か、それとも妻、弟のうち誰か」と問いただすと、立岩は「それは、違う」と答えるので、私は「では、この金は、誰に渡したのか」と聞き直したら、立岩は「金は誰に渡したか、それは言えん」と証言した。立岩のこの証言で第三者、つまり、杉山に金が渡ったことを確信した。この集まりの帰り際に檜垣が「億の金を使ってももみ消す」と明言していた。その檜垣が退職後私に次のように証言した。

●手形期日前に吉川さんの承諾なしに受付窓口の金庫職員が依頼返却していたので、受付者の職員も悪い。

● 杉山常好に返却した手形は、手形期日までに返済すれば良い。

この金が私に返っていないという事は杉山が着服したことになる。また、管理課の金澤は、私の持参した書類を見て、署名が私の筆跡と異なる点や,払戻請求書の日付を時系列順に並べ,印影に不審な点があり、おかしいと発言、金庫の当時の事務処理につき、杜撰であった旨の発言をした。職員が私の断り無しに代筆や一括押印をしていた可能性があると発言していた。

この事から、杉山と金庫職員が結託して不法行為を行っていたことが伺える。

平成20年2月10日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成20年3月10日送付

詐欺横領男、杉山常好と私文書偽造の金庫

藤原弁護士は「谷口弁護士に依頼した刑事告訴が不起訴になった理由は、手形金相当額を杉山が受領しているのに、その手形の割引債務は吉川の債務として帳簿上記載され、その後、この手形が不渡りになった時に、吉川が買い戻しさせられたことになっている。杉山を詐欺横領で告訴すべきであった。金庫職員5名を相手に業務横領の詐欺告訴ではなく私文書偽造、同行使で告訴すべきであった。不起訴になったが永和信用金庫に損害賠償の責任はある。」と説明してくれました。

他の金融機関でも、職員の不正が発覚し、報道されていますが、人間金を扱うと魔が差すということもある。しかし、公的機関ならなおさら、不正が発覚したときの対応が問題になる。他の金融機関は速やかに謝罪と対応策を発表しているが、隠蔽体質の永和信用金庫は、抗議した客には「告訴する」といって脅してくる。こんなことが許されてよいのでしょうか。

弁護士ではありませんが、社会正義実現のために永和信用金庫と杉山常好が道義的責任を認めるまで、闘い抜く覚悟です。

平成20年3月10日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成19年12月10日送付

ただ黙るしかない、杉山常好と永和信用金庫

詐欺・横領男「杉山常好」と、私文書偽造・同行使、そして隠蔽体質の悪徳信金「永和信用金庫」を訴えつづけてきたが、今年も一年を終えようとしている。

元日弁連会長の大物弁護士はじめ7名の弁護士を使って「警告書」なるもので脅しにかかったが、その後4年半以上経つが、手も足も出せなく、ただインターネットでの私の訴えを黙って見守るしかない杉山と永和信金。大物弁護士でさえ手を出せないのは、私の主張に虚偽もなければ誇張もなく、真実そのもので「名誉毀損」「信用毀損」で告訴することが出来ないからだ。

最近は2チャンネルの掲示板でも訴える場を得たが、いろいろな書き込みがあり、激励をいただいたり、勇気付けられたり、さらなる永和信金への道義的責任追及のエネルギーになっている。

今年ほど「偽装」が話題になった年はなかったが、昔からあったことが今は許されない時代になったということで、その対応のまずい企業ほど大きな痛手を蒙っている。

私が告訴されるのか、永和信金が痛手を蒙るのか、これからも結果が出るまで闘い続ける覚悟です。

平成19年12月10日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成20年1月10日送付

今年も追及、横領杉山常好と悪徳永和信用金庫

横領男「杉山常好」と、隠蔽体質の悪徳信金「永和信用金庫」を、今年も追及の手を緩めません。

私の主張は、どこからも異議を唱えられたり、訴えられたりすることのできない真実の訴えです。また、不正や欺瞞が満ち溢れた現代に発する正義の訴えでもあります。

元日弁連会長という大物弁護士でさえ指をくわえて見ることしか出来ないので、ますます自信を持って訴えることが出来ます。

永和信用金庫は他の件でも、顧客との間でトラブルが発生すれば「告訴」すると、脅すだけで何にもしない、汚い常套手段を使うようです。泣き寝入りする人もいるかもしれませんが、私には通用しません。

証拠書類の改竄や相手方弁護士との裏取引で裁判に勝ったといっても、道義的責任は免れません。「天網恢恢、疎にシテ漏らさず」、必ず悪事は破綻します。

杉山常好と永和信用金庫の職員が結託して起こした犯罪、それを隠蔽しつづける永和信用金庫、反省の意を表すまでは追及しつづけます。

平成20年1月10日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成19年10月10日送付

金庫職員の私文書偽造と杉山常好の詐欺横領2

元支店長代理、檜垣安紀の弁

「(イ)依頼返却の手形全部が吉川さんの依頼で返却したのではない、金庫内部の便宜上、依頼返却する場合もあった。

(ロ)手形期日前に吉川さんの承諾なしに受付窓口の金庫職員が依頼返却していたので、受付者の職員も悪い。」と明言していた。

その結果、金庫職員が杉山常好と結託して書類を偽造し、杉山が依頼返却した手形は、振出人から取立てし、それを横領したことは明白だ。

藤原弁護士の弁

「谷口弁護士に依頼した刑事告訴が不起訴になった理由は、手形金相当額を杉山が受領しているのに、その手形の割引債務は吉川の債務として帳簿上記載され、その後、この手形が不渡りになった時に、吉川が買い戻しさせられたことになっている。杉山を詐欺横領で告訴すべきであった。金庫職員5名を相手に業務横領の詐欺告訴ではなく私文書偽造、同行使で告訴すべきであった。不起訴になったが永和信用金庫に損害賠償の責任はある。」と明言していた。

これだけの事実がありながら、無視を続ける杉山と、永和信用金庫は本当に許しがたい。取引銀行を探していた私を永和信用金庫に引き合わせた杉山は、当初から金庫と組んで詐取を図っていたのでなおさら許せない。

平成19年10月10日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成19年11月10日送付

隠蔽・偽装の元祖!杉山常好と永和信用金庫


「官」から「民」まで「隠蔽」「偽装」が毎日のように報道される昨今、私にとってその元祖とも言えるのが詐欺・横領男「杉山常好」と、私文書偽造・同行使の悪徳信金「永和信用金庫」だ。


人の金を騙し取り、証言するといいながら、栃木へ雲隠れした杉山常好は、事あるごとにその場しのぎの言い逃れをし、逃げ回ってきたのに、大阪に立ち寄った際には私の周辺の者に自己弁護をしていた。どこまでも性根が腐った男だ。


その詐欺横領に加担して、私文書偽造・同行使で私に多大な損害を与えた永和信用金庫は、証拠書類まで改竄して裁判所を騙し、勝訴したと、永和に預けた私の金がなくなったという事実だけを残して、道義的責任まで放棄している。


インターネットで事の顛末を訴えれば、7名の弁護団連名の「警告書」を送りつけ、閉鎖しろと脅してきた。それから4年半になるが何も言って来ない、恐らく言えないのだろう。私の主張が正しいから。


こんな悪党どもを私は「ほっとけない!!」


平成19年11月10日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成19年8月10日送付

杉山常好と金庫と久保井弁護士が無視する理由

●詐欺横領した杉山常好と、私文書偽造、同行使の永和信用金庫とその代理人弁護士7名が私の訴えを無視しつづけている。当初の依頼弁護士、谷口と彼を紹介した村上が、私にそれぞれ300万円の和解金を支払ったのは、谷口が、私の損害金約1000万円を、谷口と村上が300万円づつ、残りは金庫と話をつけてくれ、ということで私が和解に応じたからである。村上は、私が入院中に杉山と金庫の不正を知り、その事で裏取引をし、谷口は依頼人である私を裏切って、金庫と裏取引をし、杜撰な訴状や証拠書類を作成し、ことごとく敗訴に追い込んだ事で私に和解金を支払った。以前、檜垣が私に「億の金を使ってでも、もみ消す」と言った事と符合する。

●その後金庫に道義的責任を問うために話し合いに何度か訪れたが、当初応対していた五十棲審査課長が次からは業務部副部長金澤が責任を持って応対すると言って金澤に。応対した金澤は最初に「営業妨害で告訴したらどの様にするのか」と言って最初に圧力をかけてきたが、私は「違法な事務処理については最後まで追及する」と答ええた。しかし、何度か訪れるうちに応対は榮という部下に、最後は清水理事から横柄で人を見下す罵声を浴びせられ、堪忍袋の緒が切れた私が手を出し、それを待っていた様に警察に通報し、私を前科者に陥れた。

●裁判では負けるよう仕組まれていたので敗訴になったが、刑事事件や民事に時効は合っても道義的、社会的責任には当事者間で問題の解決がない限り時効はない。

●それを知っているからこそ、ホームページの閉鎖を訴えて「警告書」を送ってきた久保井法律事務所の7名の弁護士は4年余りになっても刑事告訴できないでいる。金庫も弁護士も杉山も無視するしか能がないのである。

平成19年8月10日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成19年9月10日送付

杉山常好の詐欺横領と隠蔽体質の永和信金


私の知らない間に1千万円余りを詐欺横領した杉山と、それに加担して私文書偽造した永和信用金庫は、私のインターネットなどでの長年の訴えに対して「告訴する」と脅しても、その後は無視を押し通している。私の訴えが正しくて「名誉毀損」で告発できないからだ。


しかし、他金庫では、事件が発覚すれば、速やかに


①被害を受けたお客様への謝罪と善処、

②不法行為を行った職員の厳正なる処分、

③管理責任者への適切な処分、

④深く反省するとともに、再発防止策の発表を行い、社会に対して信頼回復を図っています。


いわゆる「危機管理」ができているのです。


また、不祥事が発覚し業務改善命令が出ても十分な対応を取らなかった例では、事件が続発している。それに対し、事件の概要を公表し、人事を刷新して信頼回復を図り、経営の健全化を勤めたところも有る。


業務改善命令が出ても新たな不祥事が発覚する信用金庫が存在する中、隠蔽体質の永和信用金庫では他にも数多くの不祥事が隠されているかも知れない、そう疑わざるを得ない永和信用金庫の体質、対応だ。


「危機管理」の出来ない事業者は早晩社会から排除されるだろう。その日まで私は闘い続けます。又、事件のきっかけを作りながら栃木まで逃げ通している杉山を、謝罪がない限り、私は許さない。


平成19年9月10日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成19年6月10日送付

いつまで逃げ通すのか杉山常好と永和信用金庫

昭和48年、杉山に紹介され、始めた永和信用金庫との取引が今日まで私を苦しめるとは想像もつかなかった。

私の知らないところで、金庫と組んで勝手に依頼返却された手形の件を始め、1055万円も損害を与えながら、いつもその場しのぎの言い訳で逃げ通してきた杉山はいまだにまともな弁明も謝罪もしない極悪人だ。栃木に逃げ延びたが、大阪に立ち寄った際には共通の友人には自己弁護をしている。近くまできたのなら電話の一本でもよこすのが人間だろうが。

証拠書類を改竄し、私の依頼弁護人、谷口と共謀して裁判で私が負けるよう結託した永和信用金庫は更に悪徳だ。谷口と村上が私に和解金を支払ったことは、暗に永和信用金庫との結託があったことを証明している。金庫はその事実から逃げ通し、その事実を訴えるホームページを立ち上げた時は7人の弁護士連名の警告書なる「脅迫状」を送ってきたが、私の主張が正しいのでその後は無視を続けている。その金庫は現在でも他の顧客と問題を起こしている。

私はそんな脅しには屈するつもりも無いし、杉山が人間として謝罪し、金庫が社会的責任を果たすまで闘い続ける。

平成19年6月10日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成19年7月10日送付

杉山常好の犯罪と悪徳永和信用金庫の弁護士

杉山は私の知らないうちに金庫に預けていた手形を、金庫職員と組んで依頼返却という形で勝手に振出人から金を回収し、着服するなど1055万円を詐欺横領しながら栃木へ逃げ延びた。一方の永和信用金庫は私の依頼弁護士を抱き込んで、ことごとく私が裁判で負けるように導いた。それは私の依頼弁護士が私に和解金300万円を支払った事が何よりの証拠である。

このことをインターネットで訴えてきたが、当初、永和信用金庫の代理人弁護士7名の連名で「ページの閉鎖」を要求し、さもなくば「名誉毀損で告発」するとの警告書を送ってきた。しかし、その後4年余り経つが何も言って来ない、つまり法律に素人の私への脅しだったのである。

このときの筆頭代理人は元日弁連会長の久保井一匡弁護士だ。「弁護士になった一つの理由は、社会的に困っている人の役にたちたいということです。」と語っていた人間が弱い者いじめをする。山口光市事件の安田弁護士や元公安調査庁長官緒方弁護士など「正義」のかけらもない弁護士が余りにも多すぎる。そんな弁護士を代理人にもつ永和信用金庫と杉山とは、命を賭けて闘い抜くつもりだ。

平成19年7月10日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成19年4月10日送付

金庫職員と杉山常好が結託した不法行為⑥

●杉山常好に紹介された永和信用金庫に私はすぐに定期預金を積んで取引をはじめたがその後手形を何通か取立に回したところ、私に無断で手形が「割引」扱いにされ、割引金合計130万円が私の開いた普通預金口座に振込入金されたうえ、杉山常好と金庫職員と結託して勝手に引き出していたのです。私はそういう処理がなされたことは当時全く知らず、勿論「払戻請求書」に署名捺印もしていませんでした。 これを第一の事件として、以後1年半ほどの間に10件もの事件が立て続けに起こり、合計金1054万9265円の損害を受けた私は、昭和50年1月、永和信用金庫巽支店に取引資料を交付するよう請求に行きました。 ところが、これに対し当時の巽支店長であった「谷肇」が、「当金庫は暴力団の某組をバックに売春婦に金を貸して大きくなった」等と、組の名前を出して私を暗に威嚇し、取引資料の交付を拒絶したのです。

その後、永和信用金庫本店に再び取引資料の提出を請求に行ったところ、貸付元帳等のコピーではなく、手書きで明らかに改竄済み(金庫の担当職員の不正な事務処理の痕跡を消したもの)の資料が交付されました。

●こんな事件を犯しながら栃木へ逃げ延びた杉山は今、のうのうと(株)立和運輸倉庫の代表として栃木県トラック協会の役員をしている

http://www.truppy.com/bukai/bukaiin04.html

●改竄済みの資料で裁判を有利に進めた永和信用金庫に後に社会的道義責任を問うべく抗議に行った時、私を挑発して刑事事件にし、私を犯罪者にした清水一男部長はその後理事になり出世した。

●被害を受けた私が30年余りも苦闘しているのとは余りにも不平等だ。私はこれからもあらゆるところで正義を追求していく決意である。

平成19年4月10日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成19年5月10日送付

大嘘つき永和信用金庫と杉山常好を糾弾する!

●当初の依頼弁護士、谷口と彼を紹介した村上が、私にそれぞれ300万円の和解金を支払った事で、永和信用金庫に道義的責任を問うために話し合いに何度か訪れたが、最初に応対していた五十棲義明審査課長が次からは業務部副部長金澤繁彦が責任を持って応対すると言った。応対した金澤は最初に「営業妨害で告訴したらどの様にするのか」と言って最初に圧力をかけてきたが、私は「違法な事務処理については最後まで追及する」と答えた。しかし、私の手形一覧表他、様々な資料の矛盾点の質問に「吉川さんの話聞いたら吉川さんの味方になる」「道義的責任の問題やな」「谷支店長と杉山を何故追い込まなかったのか」等と発言していたが、その後金庫代理人弁護士中村泰雄から、金庫へ行けば「住居侵入罪及び不退去罪」で告訴するとの内容証明が送られて来、以降部下の榮敏貴が応対するようになった。つまり、都合が悪くなれば別の者に応対させたり、弁護士を使って圧力をかけてきたりするのである。ホームページを立ち上げた時もそうであったように。

●その後も掛け合いに行ったが、業務部の瀬川から「会って話合いをする必要も無いし、理事長も会うことは無い」と言われたので再度金庫に行った時、清水理事から横柄で人を見下す罵声を浴びせられ、堪忍袋の緒が切れた私が手を出し、それを待っていた様に警察に通報し、私を前科者に陥れた。

●事件のきっかけを作った杉山は、当初手形などの書類についての調査の協力を約束しながら、大阪から雲隠れし、栃木にいるのを知ったのは10年後の事だった。その後永和追及の裁判で協力を約束したが、ことごとく約束は破られた。嘘の塊のような男である。

●こんな永和と杉山をこれからも追及する決意である。

平成19年5月10日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成19年3月10日送付

金庫職員と杉山常好が結託した不法行為⑤

●昭和50年2月、巽支店において本店の管理課・森田氏、審査課長・五十棲氏、谷支店長、檜垣他支店職員4名を交えて不審に思っていることの説明を求めました。

●その一例として、代筆を頼んだ事の無い出金伝票について「誰が作成したのか」との質問に、出席者の一人立岩が、「私が書きました」と返事したので、私は「この出金伝票の金を出金したのは私か、それとも私の身内か」と問いただしたが、立岩は「それは違う」と答えたので「ではこの金を誰に渡したのか」と聞きなおすと、立岩は「金は誰に渡したか、それは言えない」と答えた。ここが一番重要なところなので追求したが、「答えろ」「言えない」で押し問答になった。

●本店の森田氏が、言葉を挟んで「吉川さん、いくら位お金が無くなったと思いますか」と訊くので、私は「少なくても1,000万円位は無くなっている」と答えた。

この時に本店から持参して貰った資料が(甲65号証、 甲102号証)です。この資料を見ながら私は、森田氏に「本店作成の資料を私が調べて不審な点や不正箇所が あったら、どう対処するのか」と質問すると、森田氏は「一つでもおかしい箇所や不正があれば全責任を負います」と明言しました。

●話し合いが終わった帰り際、檜垣が私に「何億円の金を使っても金庫の面子は保ってみせる」と明言した。檜垣の発言と先の森田氏の発言が余りにもかけ離れていることに驚いたが、後に谷口弁護士と村上が私に各300万円の和解金を支払った事でその意味が読み取れた。

●私は、本店作成の資料に基づいて調査をし、余りにも多い不正な証拠を見つけたが、その対処を森田氏に求めようとした時には森田氏は退職していた。又、立岩は「言えない」と言っていたが、杉山の所に出入りしていた事も判明したので、金が杉山に渡った事が容易に推認できる。

平成19年3月10日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成19年2月10日送付

金庫職員と杉山常好が結託した不法行為④

●谷口光雄弁護士に対して私の質問書(平成7年7月20日)の中で「特に裏付けの取れている金伊三雄振出人手形と古本治三振出人手形を証拠として告訴しなかったのですか」と質問しました。

●谷口弁護士は「金伊三雄、古本治三の手形は、最初は告訴事実にしていたが、右手形金相当額は何れも杉山常好が受領していることになっており、金庫の犯罪とするには証拠がないので担当検事の指示があって3回目の告訴状から省いた」と回答しています。

●しかし、藤原猛爾弁護士に質問書と回答書を見せて説明を求めたところ、藤原弁護士は「不起訴理由は手形金相当額を杉山が受領しているのに、その手形の割引債務は吉川真二の債務として帳簿上記載され、その後、この手形が不渡りになった時に、吉川が買戻しさ せられたことになっている。杉山を詐欺横領罪で告訴 すべきであった。金庫職員5名を相手に業務上横領の詐欺告訴ではなく、私文書偽造・同行使で告訴すべきであった。不起訴にはなったが永和信用金庫に損害賠償の責任はある」と明快に回答しました。

●谷口弁護士の告訴状について

村上博志を交えて打合わせをしている時に、谷口弁護士が「吉川さんとしては、金庫職員と杉山が共謀した不法行為の良い爆弾を抱えているので検察庁から告訴する。金伊三雄と古本治三を検察庁から呼び出し実情を訊かれるので両名に連絡しておくように」との事でしたが呼び出しはなかった。

谷口弁護士と村上は金庫と結託して、客観的証拠を告訴状から省いた行為は、弁護士使命を故意に怠った裏切り行為であり、金庫の道義的責任は免れない。

平成19年2月10日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成19年1月10日送付

金庫職員と杉山常好が結託した不法行為③

永和信用金庫と杉山常好が結託して、行使の目的を持って、私の印章を使用、又偽の署名などで私の権利、義務又は事実証明に関する書面を偽造・変造をし多大な損害を与えた不法行為は立派な犯罪であるが、それを認めようとしない金庫と杉山には、今でも社会的道義的責任は存在するものである。


●乙第25号証の1(信用金庫取引約定書)について

支店長代理の檜垣安紀が私の手形を無断で依頼返却の手口で組織ぐるみで犯罪行為を認めた弁明をしている如く、取引当初から私の金員を着服する目的で金庫と結託し、私の知らないところで信用取引約定書の連帯保証人になっている。私は杉山に金庫との取引について、いかなる場合も連帯保証人なることを依頼したことはない。


●乙第25号証の4(金銭消費貸借証書)について

昭和60年9月23日、私の弟などが真実を解明する為に杉山に会い、確認したところ、杉山自身「連帯保証人になったことはない」と明言した。(甲118号証、録音テープ速記録)

昭和54年4月、昭和59年7月、平成7年11月に私が杉山に会った時にも「連帯保証人になったことはない」と明言していた。

当時、私と絶交中の杉山に連帯保証人を頼むことはないのに杉山の筆跡で契約書は存在した。しかも、常識では考えられないことに、その契約書に印鑑証明書は添付されていなかった。

谷支店長と檜垣が証人尋問で、杉山は連帯保証人になっていると証言したことからして、私文書偽造・変造を金庫と杉山が結託して犯罪行為を行ったことを物語っている。

平成19年1月10日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成18年12月10日送付

金庫職員と杉山常好が結託した不法行為②


●前回の金伊三雄振出手形について


金伊三雄は「私の不渡手形を持って杉山常好が取立に来たので私は現金100万円を支払って手形を返して貰いました。相違ないことを証明いたします。」(念書、甲第76号証)。奥さんも「私のお金を杉山に渡したので間違いないですよ。」と明言していました。


金伊三雄は、証人尋問で「杉山が手形を持参して取立に来たので現金で支払った。」と証言しました。


杉山常好は、証人尋問で「手形を持たずに金伊三雄の自宅へ行ったが、お金は貰っていない。」と重大な偽証をしました。


●前回の古本治三振出手形について


古本治三は「杉山に割引して貰ったので杉山に依頼返却を頼み50万円を杉山の自宅で支払いその時に手形を貰い手形はその場で破って捨てた。」と明言した(立会人、安東日明)。


杉山から割引いた上記の手形は、絶交中の杉山から私に依頼返却を頼まれることもないし、手形を渡したこともないし、この手形相当金を受け取ったこともありません。


杉山は金庫職員と結託していたので、依頼返却の手口で手形を入手して、勝手に金伊三雄、古本治三から取立をして現金を詐欺、横領していた。


以上の客観的証拠からも永和信用金庫職員と杉山の結託が判明する。


平成18年12月10日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成18年11月10日送付

金庫職員と杉山常好が結託した不法行為①

私は、杉山常好の紹介で永和信用金庫巽支店と取引を始めましたが、元支店長、谷肇は部下の職員を交えて杉山常好と結託して、私文書を変造し、取引当初から悪行非道な行為によって私の金員を着服しました。金庫職員と杉山に仕組まれた私文書偽造、詐欺横領の犯罪に対して「追及の手は緩めない」し、絶対に許される問題ではありません。


例えば、

○金伊三雄振出手形、昭和48年5月30日、金額50万円

○金伊三雄振出手形、昭和48年6月5日、金額50万円

○古本治三振出手形、昭和48年5月5日、金額50万円

上記の振出手形は、取立委任手形として金庫に預けてある手形を金庫職員と杉山が結託、私が入院中で金庫に行くことが出来ない間で、しかも杉山とは絶交中であるにも拘らず、金庫内部が無断で上記の手形を依頼返却し、割引手形、手形貸付に実行して、金員を着服していたので、受取書、手形返却依頼書、出金伝票等の筆跡は全て私の筆跡と違うものだった。


この件から推察しても、金庫職員と杉山常好が結託した不法行為を如実に物語っているのです。


金庫職員と杉山常好の結託した不法行為の社会的、道義的責任は、自然債務と考えられるから時効等により消滅することはありません。


 (次回に続く)

平成18年11月10日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成18年10月11日送付

金庫職員と杉山常好の不法行為の手口

依頼返却は、取立手形は山田・末益の所へ回って、割引の方は檜垣が割る。そして、勝原・立岩が勝手に、吉川真二から「割引に回してくれ」と言ってたと、山田・末益の所へ行き、山田・末益の所へ行けば、取立手形になる。それを一担、依頼返却ということで、檜垣の所にその手形が回る。そうなれば私に返したのではなく、内部的に依頼返却といって私に返したようにしていたが、私の手形が羽根が生えたように消えた。「割引をしてくれ」と、言ったことのない手形も割引きされていた。檜垣が言うには、「依頼返却は内部でしますから、全部が吉川さんに返ったのではない」と。内部で一担そういう逆戻りするということなので、それだとどこの口座でも使えるし、そのまま期日まで使ってもいける。又その上で、その手形を、持込んだままポケットにいれることもできる。檜垣は、「谷支店長を呼んで直に話聞くのが一番早い。それは谷支店長が全部知ってやってることだ」とも言った。又不思議なことに、杉山は保証人になっていないと言うのに、杉山が保証人になったと檜垣・谷は証言し、その金銭消費貸借証書がある。1例だが、手形を杉山か金庫が割引いてそれを一旦私の口座に入れ、私の筆跡ではない出金伝票で320万円を勝手に出金していた。担当の立岩に問いただした所「出金したのは吉川さんの家族ではないが、その人の名前は言えない」と答えた。


320万円を着服したのがそれまで取引のあった杉山だからこそ、立岩はその名前を答えなかった。他にも私の知らない出金が数多くあったが、杉山の要求に加担し、その不正が明るみにでるのを恐れて、金庫ぐるみで隠蔽した犯罪は明らかだ。


平成18年10月11日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成18年9月12日送付

元支店長代理の弁明

元金庫職員の檜垣安紀に会い、不審に思っていたことを問いただした。

● 取立ての手形は末益達行が保管していた。

● 割引手形は檜垣が保管していた。

● 杉山常好と結託して金庫内部で依頼返却していた。

● 末益から取立手形を立岩正男が依頼返却した手形を杉山常好が着服していた。

● 依頼返却の手形全部が吉川さんが返却したのではない。金庫内部の便宜上、依頼返却する場合もあった。

● 手形期日前に吉川さんの承諾がないにも拘らず、受付の窓口金庫職員が返却をしていたので、受付者の金庫職員も悪い。

● 杉山常好に返却した手形は、手形期日までに返済すれば良い。

など、私の持ち込み手形が無くなる原因を明言していた(勝手に返却された手形を返却した者が返済しなかったら私が損害を被ることになる。)

私は、金庫職員を信用していたので、言われるままに印鑑を渡したことが数回あったが、檜垣の前記の明言は、金庫に私の手形を預けてあるのを自由自在に金庫職員が第三者(杉山)と仕組んで私の印鑑を悪用し、受取書及び入金手形返却依頼書等を作成し、私が返却したようにして私の持ち込み手形を流用及び着服していたからこそ右記の資料及び出金伝票の筆跡が違うのである。

杉山は、証人尋問で私の代理人弁護士の尋問に対して金庫職員の『山田』を「分からん」と証言し、偽証しているが、古本治三及び金伊三雄振出人手形の返却の受付者は『山田』である。

平成18年9月12日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成18年8月10日送付

杉山常好と永和金庫職員の結託の事実

金庫職員の檜垣の進言で土地、建物を担保にして借入したが金銭消費貸借証書に杉山が連帯保証人に印鑑証明を添付しないで連帯保証人に署名、捺印したが、当時、絶交していた杉山に保証人になってもらう理由がなかった。

後に追加借入したが金銭消費貸借証書では私だけが連帯保証人になっている。これからしても、何も杉山に保証人になって貰う必要はなかった。杉山は「保証人になったる義理もない」と言明していた。谷店長と檜垣は、証人尋問で「杉山は保証人になっている」と証言しているが、偽証していたことになる。

金銭消費貸借証書を見ても、一目瞭然に分かるが私の承諾を得ず、勝手に住所、署名、捺印して杉山が後で付け加えて記載していることが分かるし、印鑑証明も添付しないで違法に杉山も書類上で連帯保証人になっている。だけど杉山は証人尋問では矛盾した証言をしている。

杉山は連帯保証人となっていないと言っているのに、谷店長と檜垣は「保証人になっている」と偽証してまで書類上と合わして証言しているが、これから判断しても杉山と金庫職員が当初から私の持込み手形を悪用する為に共謀して私に対して損害を被らせた行為は明白である。

平成18年8月10日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成18年7月10日送付

金庫職員の私文書偽造と杉山常好の詐欺横領

昨年末に面談した藤原弁護士は「谷口弁護士に依頼した刑事告訴が不起訴になった理由は、手形金相当額を杉山が受領しているのに、その手形の割引債務は吉川の債務として帳簿上記載され、その後、この手形が不渡りになった時に、吉川が買い戻しさせられたことになっている。杉山を詐欺横領で告訴すべきであった。金庫職員5名を相手に業務横領の詐欺告訴ではなく私文書偽造、同行使で告訴すべきであった。不起訴になったが永和信用金庫に損害賠償の責任はある。」との認識を示していましたが、言い換えれば谷口弁護士が杉山を詐欺横領で告訴するよう、担当検事からの指導があったにも拘らず、それを放置して裁判では不起訴になるように導いたもので、金庫に有利なように持っていったのである。

この経緯があったからこそ、谷口弁護士が私に対して起こした裁判で、逆に私に対して300万円を支払うことになる和解をしたのである。金庫が不正を働いた職員をかばって隠蔽するのか、あくまでも顧客を重んじるのか、コーポレート・ガバナンスが叫ばれる今、道義的責任を永遠に果たさず重い十字架を背負って突き進むのか、けじめをつけ過去の汚点を拭い去り、心機一転清い気持ちで出直すのか、ここは思案のしどころではないでしょうか。これからも希望に燃えて働く職員一同のためにも。

平成18年7月10日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二

平成18年6月10日送付

永和信用金庫、杉山常好ついに認めた不法行為

前回ホームページに対する意見を求める文書を、この事件の当事者である杉山常好および永和信用金庫の高橋相談役以下、現責任者等3名に送りました。

私が全国に向けて発信しているホームページに、虚偽の掲載や誇張、歪曲等で名誉や信用が毀損されたのであれば、何らかの抗議行動があっても不思議ではないでしょうか、いや、あって当然だと思います。金融機関は「信用」が命なのですから。配達証明書付で送っているので必ず目を通しているはずですが、何ら反論はありませんでした。

以前、ホームページを立ち上げたときに、7名もの弁護士の連名で、ホームページを閉鎖せよとの要求、及び従わない時は刑事告発をするとの警告書を送ってきたきり、何の音沙汰もなかった。つまり、私が法的には素人で、法律のプロが多数で脅しをかければホームページを閉鎖するだろうということだったと思う。それから3年経過しているが、刑事告訴をしない、前の文書送付に対しての反論がないということは、私がホームページ上で訴えてきた永和信用金庫の不法行為を認めたことになるのではないでしょうか。

今でも、金融機関職員の不法行為が報道されていますが、悪質なのはそれを隠蔽しようとする金融機関があるということです。職員の不法行為は個人の資質の問題ですが、それを明らかにせず、隠蔽しようとするのは金融機関としてあるまじき行為です。私はそのような金融機関「永和信用金庫」及び事件の張本人「杉山常好」をこれからも糾弾していくつもりです。

平成18年6月10日

永和信用金庫と闘って40年」 吉川 真二