金庫の作成した疑惑だらけの精算書

(消えた定期預金800万円の謎)

① 精算書

② 利息精算書

◎ 永和信用金庫と取引を始めてしばらくした頃、開店して間もない永和信用金庫巽支店の支店長は取引量を増やし、実績を上げるために私以外の名義の定期預金や妻の手形の口座開設を求めてきた。当初は何の問題もなかったので求めに応じて妻や兄、弟、息子などの名義で定預金をし、妻名義の手形の口座開設をした。

◎ 48年3月私の入院中には谷支店長と杉山常好が見舞いに来たが、その前から私の知らないうちに杉山が金庫と結託し、また、その後には村上博志が永和と結託し、手形や口座などを操作して改ざんを行い不正を働いた。、その後不審な点が多々見つかったので私は取引を始めて約2年後の50年4月永和との取引をやめることにし、定期の解約を申し込んだ。
これがその時の精算書と利息精算書である。

◎ 定期預金総額8,000,000円、利息込みで8,260,053円が手形貸付とその利息を差し引かれて261,500円しか残らないという計算書である。元金の800万円が丸々なくなるという恐ろしい計算書である。手形貸付の一覧表に記載されているものは、私の知らないものや、同じ手形が何度も他の通帳と行ったり来たり、また妻名義の手形貸付帳とも行ったり来たりで何とか800万を帳消しにしようという魂胆が伺える。826万が26万になったのである。この件とは別に1050万円も永和と杉山には被害を被っている。

◎ 手形貸付の一覧表では金額と日付しか記入がなく、何の手形かわからないものがある。金庫は妻名義の口座を開くよう求めたが、その口座を自由に操作し、定期の解約金を極端に少ない額に計算した。
まず、750,000円の件だが大和マーブルの手形で、1月20日に決済されたはずの750,000円が1月22日から解約日の4月14日まで手形貸付になっていた。これは他にも割引手形で2度記載されていたが3度も私の口座から相殺されていた。
50年2月、26日の15万、20万吉川アキ子名義の15万はすでに現金で買い戻したものである。2月26日35万の件も3月1日100万円の件もすでに決済し終えたものであった。吉川アキ子名義の50年7月3日の50万円は私の口座でも割引されていた。
私の口座の3月1日の50万と妻の口座の3月1日の50万は関西大和緑化の100万の手形を分けて記載しているが、これもすでに決済し終えたもので、結果的に3重割になっている。
私は不渡りにならないよう、期日が近づいたものは買い戻してきたので、この精算書に記載された手形貸付を多く受けることはなかった。永和信用金庫は不正を働くために、1枚の手形を私の口座や兄の口座、妻の口座に細かく分けて記載し、また何度も記載しわかりにくくしていたことは、この精算書を受け取ってわかった。