永和信用金庫巽支店と取引した経緯

永和信用金庫巽支店と取引をしている杉山常好の紹介で昭和48年2月27日に母親から預かったお金を定期預金750万円、通知預金150万円を預金した。この時に立ち会った金庫職員は谷肇支店長、代理支店長檜垣安紀、貸付担当の勝原史郎であります。

杉山常好と金庫に行ったのは定期預金をしたこの日が最初で最後であります。 私は運悪く永和信用金庫巽支店に定期預金をした十三日後の3月12日に「胆石症」の病気で母親の入院している弘道会病院に入院したのです。

入院してから数日後、谷支店長と杉山常好が見舞いに来てくれました。 また、入院中4月初頃、杉山から紹介されたのですが石本こと金伊三雄も一緒に見舞いに来ました。

杉山が「自分が保証するから金伊三雄に10万円を貸してやってほしい」と頼むので口約束であったが金伊三雄に一週間の期限で10万円を貸してやりました。

金伊三雄に金を貸してから杉山から連絡が無い様になったのですが昭和48年4月12日に、私が病院を退院すると同時に、杉山の自宅に電話を入れて近所の喫茶店(ビアン)で待ち合わせし、杉山に「金伊三雄に貸した10万円はどの様になっているのや」と催促すると、杉山が「自分(私)が貸したんやから自分で取り立てする様に」と余りにも無責任な事を言うので言い争いになったのです。

杉山と一緒に来ていた北村氏の仲裁で納まり、私はこの時、杉山常好に「お前とはこれで絶交や」と言って別れたのです。

しかし、後日に調査すると私が入院中に永和信用金庫巽支店に行ってもいないのに私の口座に杉山常好は勝手に無断で手形貸付、割引手形の扱いにして詐欺横領し、金庫職員は谷支店長を始めとして部下の職員ぐるみで私文書偽造、同行使の犯罪を行っていた事が発覚したのです。

金庫職員も加担しなければ杉山1人で詐欺横領は出来ません。悪徳永和信用金庫である。

次回から、杉山常好の詐欺横領、平和信用金庫の私文書偽造、同行使を説明していきます。